今やメンタルの不調で休職する会社員は珍しくなくなった。一定以上の規模、業歴の会社なら、人事労務部門が「初めて対応する」というケースは稀だろう。


 ただ、個々の管理職が、部下のメンタル不調、休退職に初めて直面することもある。管理職向けのメンタルヘルス研修も増えてはいるが、短い時間で深いところまで理解するのは難しい。


『職場のメンタルヘルス・マネジメント』は、産業医として30年以上の経験を持つ著者が、企業の管理職や人事労務担当者向けに、押さえておくべきポイントをまとめた1冊だ。〈部下管理の方法〉や〈職場で見かける精神症状〉など、大きなポイントを押さえつつ、現場レベルの細かい対処法まで広くフォローしている。


 昨今、昔のようなパワハラ上司、カミナリオヤジは減ってはきた(しぶとく生存してはいる)。そこまで激しくなくても、管理職の多くを占める40代以上が育った時代のテンションで部下と接していると、メンタル不調を訴える部下が出てくるのがこのご時世だ。


〈「部下に仕事をしてもらう」のが上司の職務〉。職場を取り巻く環境が大きく変わったのだから、管理職も昔とは違うアプローチで部下に接していくしかない。


 参考になるのは、本書に記された管理職向けのノウハウ。


 管理職には、〈笑顔で接する〉〈話をよく聞く〉〈発する言葉を選ぶ〉といったコミュニケーション上の配慮に加えて、功罪両面に触れる、〈ゴールを設定する〉といった指導上の工夫も求められる。


 とくに、できる管理職、若い管理職が肝に銘じておきたいのが〈“オレ流”を押しつけない〉ではないだろうか。自由度のない仕事はストレスがたまるし、押しつけられた社員は達成感も得られない。


■あるべき管理職像を演ずる


 もっとも、「これだけ丁寧に部下と接したら、管理職のほうにストレスが溜まってメンタル不調になってしまうのでは?」という疑念も抱いたのだが、その回答もあった。


〈あるべき管理職像を演ずる〉だ。


 個人的な経験では、ベテランの人事担当者からは、社員からホンネを聞き出すための「演技」を感じたことがある。〈いい子を演じ続けると、いつの間にか本物のいい子になれる〉、かは別にしても、演じていると思えば、理不尽な部下の反応にも、腹が立たないだろう。


 上司のフォローとしては、著者が実践している〈「部下の取り扱いに困った上司から相談を受ける制度」(管理者面談)〉は有効に機能しそうだ。少々個性的な部下に手を焼いて、管理職自らがメンタル上の不調を抱えたり、管理を放棄してしまったりする管理職もいることを考えれば、産業医の視点からアドバイスをもらえる仕組みは心強い。


 バリバリ働いている管理職は「意識したこともない」と言いかねないのが、職場の制度や関係者の役割。傷病による休職とその法的位置づけ、復職までのステップ、復職リハビリ、診断書の意味、産業医の役割など、本書で全体像をつかんだうえで、自社の制度と照らし合わせておいたほうがよいだろう。一般的な感覚とズレていることもある(例えば〈休職は「解雇の猶予」〉という考え方する人は少数派だろう)。


 人事労務の担当者など本社のスタッフなら、〈自ら労働安全衛生に関する医学と法律の知識を持つことが必要〉だ。実際のところ、医学と制度や法律に精通した専門家は少ない(専門家が行う研修でも、一つの分野に偏ったものが一般的だ)。日々発生する問題に、柔軟かつ適切に対応するには、社内にノウハウや知見を蓄積しておく必要がある。


 専門家と「意外な意見の一致」をみたのが、ストレスチェックの意義。健康診断の結果が悪ければわりと簡単に会社に呼び出されるが、ストレスチェックではまずまずひどい結果が出たときにも、よくにアクションがなく「やる意味あるのか?」と疑っていた。著者も〈ストレスはもともと自覚できるものであり、わざわざ調査票で測定しなくてもわかります〉という見解。「ストレスチェックをやったことで、○○の成果が出た!」というマクロの統計データ(個別事例でなく)があれば知りたいところである。


 思いのほかタメになったのが、第11章の〈産業医とは何か〉。普段接する機会がない産業医の世界を少しだけ理解した。本書によれば毎月、あるいは隔月の〈職場巡視〉が行われているはずで、どこかで産業医と接しているはずだ。存在感を消しながら、元気に働いているか、社員の顔色を柱の陰から窺っているのだろうか? ちょっと意識して探してみようと思う。(鎌)


<書籍データ>

職場のメンタルヘルス・マネジメント

川村孝著(ちくま新書924円)