歌舞伎俳優の市川猿之助氏が18日、東京の自宅から救急搬送され、同居する両親の亡骸も別室で見つかるという衝撃的事件が報じられた。氏の傍らには遺書と思しき書きつけがあり、一家心中を試みた可能性が強いと見られている。一方、同日発売の女性セブンには、『スクープ告発 歌舞伎激震の性被害! 市川猿之助濃厚セクハラ』という記事が掲載され、猿之助氏はこの醜聞発覚を苦に自殺をしようとしたという見方が強まっている。


 記事によれば、猿之助氏は一門の俳優やスタッフを集めては、しばしばパーティーを開いていて、そこに出た関係者はキスを強いられたり体を触られたり、セクハラ・パワハラめいた被害を受けることが多かったという。なかには、氏の強要を拒絶して、仕事を外されたスタッフもいるらしい。

 

 これを知り、反射的に浮かんだのは、この衝撃的展開に遭遇した編集部への懸念だった。世間(とりわけネット書き込みの世界)ではここ数年来、かつてなくマスコミへの風当たりが強まっている。編集部が意図しなかったこととはいえ、自社報道でこれほど深刻な「波紋」を引き起こした以上、女性セブンにも「結果責任」への猛バッシングがあるのではないか。そんなふうに予想したのである。


 右肩下がりで売れ行きが低迷し、各雑誌がどんどん弱体化するなかで、平成中期までのパワーを保っている媒体は、もはや週刊文春1誌と言ってもいい。スキャンダル報道に投入する記者の人数やその力量、ネタを追う労力・コストを惜しまないバックアップ態勢などさまざまな面で文春は別格だが、「その他の社」と違うのは、そういった「暴く力」だけではない。


 スクープをものにしたあとにも、相手側の個人・団体から訴訟沙汰を含む「反撃」がよくあるし、「世間一般」が取材対象者の側に立つ、炎上・バッシングが起こる可能性も少なくない。そうしたとき、文春以外の社が果たして記者を守り抜く「盾」になり得るか。そういった観点から見た場合も、近ごろの多くの媒体にその胆力はなく、簡単に白旗を上げ、腰砕けになってしまう危機感を私は抱いている。つまり、今回のような「想定外の事態」になったとき、女性セブンは本当に持ち応えられるのか。そんな疑念を抱くのだ。


 ただ、ここ1~2日の経過を見ていると、編集部への非難や抗議もあるようだが、意外にも雑誌を擁護する声も数多く、思ったほどの「吊し上げ状態」にはなっていない。それなりにきっちり関係者を取材した様子がうかがえる記事のまとめ方がよかったうえ、つい最近、社長による謝罪表明にまで発展したジャニーズ創業者・故ジャニー喜多川氏の性加害事件の影響もあったように思われる。ジャニーズ問題では、芸能界に君臨する事務所の強大な力を背景に、いわば公然の秘密だったジャニー氏の所業を、文春などひと握りのメディア以外、追及できずにいた。そんな主要メディアの「弱腰ぶり」こそが非難の的になっている。


 芸能界の実力者が、その立場を悪用して配下の者たちに性的加害行為をする。女性セブンの報道が事実なら、猿之助氏の問題もジャニーズ事件と同様の構造を持つ。一方に対しては「見て見ぬふりをしてきたメディア」を攻撃し、類似する「芸能界の闇」に斬り込んだ女性セブンに対しては、これを叩くのでは、いかに気まぐれな世論でも、あまりにもダブルスタンダードだろう。そんな世論の風向きが、今回は女性セブンに有利に働いたように思えるのだ。


 それにしても実情が報道通りなら、猿之助氏の無軌道さはあまりに愚かしい。ジャニーズだけではない。いとこの香川照之氏も1年前、似たようなスキャンダルで苦境に立っている。このSNS時代、多くの人が目撃する傍若無人な振る舞いは、必ずや外部に流出する。人気者になり我が世の春を謳歌して、そんな判断もできないほど増長してしまったのか。切ない話である。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。