1972年設立の株式会社フジタ医科器械は、脳神経外科手術用の鋼製器具で国内シェア30%(売上ベース)前後を誇り、その品目は1,400種類を超える。「MEDICA 2022」の東京パビリオンには、バイオフィードバック療法による排泄機能障害のリハビリテーションを用途とする「MyoWorks プラス」および生体情報マルチモニタリングシステム「VIMMS」を出展した。
半世紀の歴史を持つ企業が、QOL領域や遠隔医療の時代を見据えた医療機器開発に取り組んだ経緯、これらの製品に限らず同社が持つ医工連携のポリシーと手法について、同社代表取締役の前多宏信氏、「MEDICA 2022」に赴いた市場開拓部の松尾慶大氏と岩谷慶大氏に聞いた。
※このシリーズでは、東京都の支援を受けて世界最大級の医療機器見本市「MEDICA/COMPAMED2022」に出展した、都内の中小ものづくり企業及びスタートアップ企業(SMEs:Small and Medium Enterprises)の技術と強み、ビジョンを紹介する。
■バイオフィードバックの方法と効果を可視化
―MyoWorks プラスはどのような機器か。対象と用途は。
MyoWorks プラスは、筋電計本体、骨盤底筋群を測定するプローブと、接続コード、腹筋測定用電極用ケーブルで構成されています(図・左)。対象は便失禁と便秘を含む排便機能障害の患者。用途は、排泄機能障害に効果的な骨盤底筋収縮訓練のバイオフィードバック(BF)療法です。
骨盤底筋収縮訓練は、骨盤底の一部を形成する筋肉を繰り返し収縮・弛緩させることで強化するものです。自宅でできるトレーニング、いわゆるケーゲル体操として広く知られていますが、医療機関を受診して医療従事者からの指導を受けて改善を図るかたは直腸がん術後の患者さん以外はあまりおられないようです。正しくトレーニングが行われた場合は3~4ヵ月で効果が現れますが、これまでは、やる側も教える側も正しくトレーニングを行なえているかを判断することができず、「結局効果がなかった」という評価を受けがちでした。指導も「割り箸をお尻に挟んで落とさないような感じ」「硬い便を切るような動作」など抽象的でした。
MyoWorks プラスによって、この訓練と効果を可視化することができます。患者さんの肛門に骨盤底筋用プローブを挿入し、腹筋用電極も装着。担当医と共にモニターに表示されるグラフを見ながら、骨盤底筋群や腹筋の動きを体感し、その緊張や弛緩の具合を、グラフを見て自分の感覚として捉えられるように訓練します。
■多段階の検討と判断を経て製品を開発
―開発の経緯は。
直接のきっかけは、西澤祐吏先生(国立がん研究センター東病院)からのご要望です。2015年のことです。それ以前に、次世代産業として医療機器の創出を促進する国の施策が強化された2014(平成26)年頃から、弊社も医工連携に向けて全国的なマッチングに取り組み、他県のコーディネーター、産業支援機関、ドクターと繋がる機会が増えました。そうした中で面識があった弁理士の先生が香川大学の産学連携・知的財産センターから東病院に異動。西澤先生から「こういうコンセプトの医療機器を作りたい」というお話があり、その弁理士から弊社を紹介されたというご縁です。
西澤先生自ら弊社に来て、直腸がん手術に伴う括約筋の損傷・切除やリザーバー機能(便を貯める機能)の低下による排便機能障害で患者さんが困っていること、BF療法が有効であるにもかかわらず効果が見えにくいために普及していない現状などについて熱弁を振るい、協力を求められました。
―実績がある脳神経外科とは異なる分野に挑戦した手立ては。
医工連携は弊社の従来の強みとは異なる分野でも進めていこうと考えてはいたものの、全く無縁の領域で、正直なところ戸惑いもありました。そこで、西澤先生に手取り足取りいろいろな情報をいただいたのに加え、経済産業省のグラントを得て実現可能性の調査を行いました。日本大腸肛門病学会の学術集会の折りに会場の一室を借り、事前にお声掛けした二十数名の専門家に対し、個別のヒアリングを行ったのです。外科系やリハビリ担当の医師、皮膚・排泄ケア認定を受けたいわゆるWOC(Wound Ostomy Continence)ナースなど、BF療法への造詣が深いかた、やりたいけれどやれない事情をよくご存じのかたに貴重なご意見を伺う機会を得ました。
―「臨床現場からの要望を受けたからつくる」というほど単純ではない、と。
そうです。さらにミクロの医療経済面で言うと、医療機関は購入した機器と診療報酬のバランスを考えざるを得ない。従来、筋電計を用いたBF装置は海外製品しかなく、購入価格と消耗品を含めると300万円近い。ところが排便機能障害を含む排泄機能障害そのものに保険点数はついておらず、リハビリ管理料や筋電計測定検査の形で保険請求をしたりしなかったりという実情があります。かつ、現在のn数では耐用年数内で黒字化するのは非常に難しい。BFによる介入がかなり有効というエビデンスがあっても、やればやるほど赤字では普及しません。価格に関しては、公立病院および私立の病院・診療所の事情、さらには今後の中心国や発展途上国への展開を勘案し、50万円程度の納入価実現を目指しています。
―日本大腸肛門病学会が医療技術評価提案書(p.1287-88)で、肛門括約不全、便失禁、排便障害に対する直腸肛門回復訓練(BF療法)への保険適用を要望している。年間対象患者数は22,000人、年間実施回数10回を想定しているとか。
―さらに、女性の腹圧性尿失禁などMyoWorks プラスの使用対象を拡大する可能性は。
排尿障害に応用するには目的に合わせてプローブの形状を変える必要はありますが、開発当初から、加齢に伴う失禁や産後の失禁などについても同様の機器を用いたBF療法を視野に入れています。そのために、製品名で“排便”を一切謳っていません。とはいえ、まず排便機能障害である程度の成果を出してからの展開を考えています。
■想定外のハードルにも直面
―VIMMSは、将来的な遠隔医療への展望があって順次開発したのか(前出の図・右)。
コロナ禍以前から医療ビッグデータ構想のもとに開発しました。ワイヤレスで手軽にスマートデバイスに情報を表示・集積する。そこからクラウドに飛ばして集積したデータを二次利用できれば、と。
特にBF療法は月1~2回では効果が薄いので、MyoWorks プラスを用いて在宅でも行い、クラウドに蓄積して主治医が確認すれば、次回の受診時にアドバイスができるというコンセプトでした。ところが、筋電計は1秒間にかなりの計測をしており、無線でリアルタイムに飛ばすとパケットロスが生じると判明。データ欠損があると研究には使えないという医師からのアドバイスがあり、現状はタブレットに保存されたデータを有線接続して取り出します。将来的には蓄積したデータをクラウドに飛ばす形を考えています。また、家庭版やスマホにアプリを入れて手軽に使えるものも考えています。
―クラウド保存を手掛ける競合企業は非常に多いのでは。
プラットフォーマーはいくらでもいますが、機器まで取り揃えて開発している企業はほとんどありません。また、既存の技術の組み合わせだと模倣されたり、より安価につくられたりする懸念があったので、「集合体で1対n通信ができる」形で特許を取得し、知的財産でカバーする戦略をとっています。
―医療機器の添付文書を見ると血圧計とパルスオキシメータは他社協業。製造はなぜ海外に。
弊社はファブレス企業ですが、VIMMSについては最初、国内他社と協業して、ある程度まで進めました。ところが血圧計は圧力計でもあり、経産省の計量法に則らなくてはいけない。産総研に型式登録をし、出荷前に全数検査をして、東京都から登録シールを買って全部に貼る必要があることがわかりました。そこで、本体や計測のアルゴリズムが一致し、登録作業にも対応可能と言ってくれた海外企業に国内コンサルタント会社を通じ依頼。ただし、我々の機器にしか通信できないようにシステムを変更しました。
パルスオキシメータは、既存の開発キットを調達して作れます。アセンブリすると弊社の製造販売物になりますが、我々がこれまで多くの開発経験を持つクラスⅡの医療機器で、「要求事項を証明すればよい」と安心していました。ところが、その要求事項で「ヒトでの試験データを取ることが必須」しかも「血中酸素飽和度70%になるまで、決められた領域毎に5サンプルの試験データを統計学的に有意で十分な被験者数、医師立ち合いのものでデータ収集せよ」と記されていました。酸素飽和濃度が90%を切ると「危険な低酸素血症」なので、70%の人はまずいません。念のため、高山病の治療や人工的な高山トレーニングを行っている大学病院に問い合わせてみたところ、「そんな過酷な試験は同意できないし、データはおそらく集まらないだろう」と言われました。この試験データについても、海外企業はすでにデータを所有していることがわかったので供給をお願いした次第です。
■個別出展とパビリオン出展の違い
―「MEDICA2022」の東京パビリオンでの手ごたえや気づきは。
我々のブースに来ていただいたお客さまは4日間で100社ほどです。この他、有限責任監査法人トーマツのコーディネートで事前にアポイントを取った6~7社と、現地で商談や情報交換を行いました。クラウドを持つプラットフォーマーで、我々の製品を使って一緒にやらないかというお話は何社かいただきました。
ニーズに関しては国内外で大きな違いは感じませんでしたが、一度興味を持つととても積極的な方が多い印象でした。海外の展示会は決定権者が直接会場に来てどんどん交渉を進める場だからでしょう。
―東京パビリオンの中に出展するメリットは。
TOKYOやJAPANを前面に出すことで効果的に集客できることが一つ。我々はMEDICAも含めて、単独で出展した経験があるのですが、日本の国旗を出しFUJITAと書いても「知らないな」という反応でした。経産省のグラントを得て、FUJITA を一切出さず、“Japan Telemedicine Platform”という集合体で出展したところ、かなり集客できました。そこで継続して出展していこうとしていた矢先にコロナ禍に見舞われたのです。
自費で行くべきかどうか迷っていた時期に東京都のグラントを知り、渡航費以外は助成いただけることが魅力で応募した経緯があります。出展に伴う各種の手続きもやっていただけるので、自社製品に集中できる点も助かりました。
―海外展開にあたっては、欧州のCEマークや米国FDAの認可取得などが大変では。
社内に薬事の部署がありますが、CEマーキングがMDD(医療機器指令)からMDR(医療機器規則)になり、代理店から直接申請する届出制度から審査が2段階くらい格上げされました。今回の「MEDICA2022」においても「CEマーキングを取れているか」という問いに対し「これからです」ではもう先方のシャッターが閉まってしまうという経験をしました。FDAの認可についても同様です。
外部にコンサルをお願いすると、一製品群につき最低800~1,000万円かかります。東京都中小企業振興公社で支援策もありますが、一製品群に限り2分の1補助といった制度。予算上やむを得ないとは思いますが、同時に多くの製品を通すのは困難です。
―国立国際医療研究センターと東京都による「令和3年度 現地ニーズを踏まえた海外向け医療機器開発支援」(ベトナムの病院、保健局、医療機器協会のオンライン視察)や、北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構の「令和4年度 医療技術等国際展開推進事業」(BF療法の国際共同臨床試験推進に関するタイの研究者等との意見交換)などに、積極的に参加されているが、貴社にとってのアジア市場とは。
CEマーキングに比べると比較的規制が緩いASEAN諸国(シンガポールを除く)からまず攻めていく方針を立て、今まさにタイやインドネシアと協議しています。これから発展する市場で輸入に頼らざるを得ない時に、先方にとっては「自国の保険制度と釣り合いがとれるのか」「自分たちのニーズにマッチした製品か」「改変・改修の要望を反映してくれるのか」など難しい問題があると聞いています。
医療ツーリズムにも注目しています。タイやシンガポールは中東や中国の富裕層をかなり受けて入れています。現場での医療行為だけでなく、滞在中や帰国後もフォローアップできることが次に繋がると聞いていますので、まさに遠隔医療やデータのクラウド化、その閲覧などは今後も有用ではないかと考えています。
■医療機器開発、忘れてはいけないポイント
―貴社がこれまでの節目での行った判断や企業戦略は。
1972年の創業時、弊社は医療機器の卸売業としてスタートしました。その後、1985年頃に脳神経外科の直達手術用の鋼製小物を作り始めました。ある営業担当が得意先のドクターから「自分が使えるものがないから作ってほしい」と言われたことがきっかけです。それから40年弱を経ても参入企業が少なく、30%程度のシェアを維持できるので現在も一つの柱として継続しています。ただ、ロボティクス手術が主流になると専用のアタッチメントでないと受け入れられない状況になる、近いうちにそういう時代が来るだろうという仮説のもとに今回のような市場開拓を模索し始めました。
昔から一貫しているのは、ニッチで市場が小さい領域をまず手掛け、そこで7~8割の占有率を確保すること。市場拡大の努力をしながら、その占有率を堅持できれば、獲得利益も増える可能性が高いからです。一方、既に飽和している市場や、大手企業が参入してくる年間10億円以上の市場には絶対いかない。市場が大きくても自社でそのうちどれくらい取れるかは別の話。大手が、年間3~5億円の市場に開発費や人員をかけることはほぼないので、そこは中小企業が活躍できる場と理解しています。
―最後に、医工連携において何が重要か。医療機器を開発する企業が意識して実行すべきポイントは。
まずは「現場の先生がこう言っているから間違いない」と安易な判断をするのではなく、シーズの調査を深掘りし自分たちの目で信じるものを探すことが必須です。
次に留意すべきは知的財産の調査を広く深く行うこと。「物理的に作れる物」と「作ってよい物」は倫理的に異なることを念頭に置くべきです。
出口戦略も忘れてはいけません。国内で代理店網を使って販売することは可能ですが、海外に出たり、市場が大きくなったりすると手に負えないことも出てくるので、将来的な協業や権利の売却を視野に入れながら拡販していきます。
また、薬事戦略も本当に重要です。医療従事者(医師側)は、「作れる物」「作ってよい物」の倫理や、医療機器としての登録方法をよく知らない。企業側も規格・規制を考慮せずに「作れます」と言ってしまうかもしれません。そうした事態は薬事や特許の視点を導入していくことで避けられるはずです。
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前多氏が、日本整形外科学会学術総会のシンポジウムで行った講演※によれば、医療従事者のニーズ提供から製品上市まで行い、かつ5年以上の販売を継続できる製品は1%にも及ばないという。取材では製品開発の実際や失敗談などについて率直にお話しいただき、極めて賢明かつ戦略的に事業を進めていても、思わぬ壁にぶつかるケースが多々あることを実感できた。
※前多宏信:医療機器開発において, 医師が医療機器メーカーとうまく付き合うためのポイントーライセンス契約 (経済的還元) の獲得に向けてー. 日本整形外科学会雑誌 2021; 95: 1118-1122.
[2023年4月26日取材]
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。