5月14日(日)~5月28日(日) 東京・両国国技館(画像は「NHKスポーツオンライン 大相撲『おすすめ動画』」など)


 4場所連続で休場していた横綱・照ノ富士が復帰後の場所を14日目で制した。2桁優勝を公言してきた横綱の8度目賜杯。目標まであと2つと視界に入ってきた。関脇・霧馬山も初の大関捕りをみごと1回でクリアするあっぱれ。なんとかカド番を最低限の勝ち越しで乗り切り、相撲協会が胸をなでおろす結果になった。


霧馬山、1日に2度の「立ち合い変化」


 3日目、霧馬山は阿炎(前頭筆頭)を俵まで追い詰めながら引き落としを食らった。4日目、ここまで3連敗と調子の上がらない錦富士(前頭3枚目)を迎え、5日目までの序盤を4勝1敗で通過したいとの思いから、立ち合い左に変わった。しかし、勝負は一瞬では付かず両者突っ張り合い、最後は錦富士が土俵際逆転したかに見えたが物言いが付き取り直し。すると、霧馬山は取り直しの一番でまたも変化。錦富士を土俵中央で引き落として辛くも勝った。


 星勘定を優先し、正攻法を取らなかった大関候補に館内の反応は冷たかったが、心の余裕をなくした関脇はなりふり構わなかった。初の挑戦で動きが初日から固く、前日の阿炎戦で足が付いていかなかった。よく言えば気持ちの切り替えに変化を選んだ。あるいは立ち合いの注文は今場所1度限りと腹を括ったか。とにかく序盤を4勝1敗と計算通りに通過した。


(4日目/霧馬山-錦富士 右が取り直しの一番)

 

盛り上げた4関脇 熾烈な大関レース


 大勝ちすれば同時昇進の目もあった大栄翔。次の場所を大関取りの本番にしたい若元春。連続2桁を残して挑戦権を得たい豊昇龍。霧馬山のあとを追う3関脇の活躍が今場所をけん引した。四つ相撲の3人と対照的な押し相撲の大栄翔。いずれこの3人も昇進するだろうが、押しの一徹を見せる大関が貴景勝のほかにもう一人いてもいい。貴景勝も怪我続きでこの先どこまでやれるかわからない。その後継者として、ケレン味のない押しを見せてくれる大栄翔への期待は小さくなかったが、中盤以降脱落した。


 豊昇龍は不戦勝で星を2つ拾う幸運もあったが2桁を確保。今年中の昇進に道を開いた。相変わらず取り口は巧みだが、投げで勝つ相撲を減らさないと怪我が付きまとう。その点、みるみる地力を付けてきた若元春は霧馬山を追う一番手を強く印象付けた今場所だった。11日目の北青鵬(前頭11枚目)戦は1分半の力相撲。9勝2敗と優勝争いに顔を出している若手。2メートルを超す巨漢で、相手の肩越しに伸びる腕は「象の鼻」。成長株の俊英を相手に慎重に出方を探り、出てきたところを利用して得意のうっちゃりがみごとに決まった。


(11日目/若元春―北青鵬)


 本人は褒められた相撲ではないと反省するが、終盤の星取りが気になる取り組みでも一気に行かず大事に取る姿勢が素晴らしい。この力士の最大の長所は、役力士としての使命感。番付上位の地位にある者の自覚と責任を身を持って実践している。大栄翔にもこのような美点はある。この2人にはぜひとも大願成就を成し遂げて欲しい。


名横綱に近づく照ノ富士


 3場所以上連続して休場した横綱が復帰後の場所で優勝したのは、1989年初場所の北勝海(現八角理事長)以来という。体調とともに相撲勘を戻すのが難しいからだろう。稽古と本番は違う。スポーツ全般に言えることである。13日目の朝乃山(前頭14枚目)戦は力強さが戻ってきた内容だった。地力のある元大関だが過去の対戦では一度も負けたことはない。朝乃山の左手を右肘で締め上げ、やや強引に投げを打った。元大関の左腕は血の気を失ったようになり、骨折を避けるため受け身の態勢で転がるしかなかった。


 照ノ富士は常々、2桁の優勝回数達成を公言してはばからず、自らを鼓舞するように目標設定し再起を図ってきた。8度目の賜杯を手にして、目標まであと2度。今年は3場所残っており、年内の達成も十分可能な状況になってきた。どん底まで落ちて最高位まで上り詰めた精神力と真摯な土俵態度は他の力士の鑑で、今すぐ辞めても名横綱の評価は当然だが、霧馬山さらには今後出てくる新大関とのレベルの高い優勝争いを演じることで、その名をさらに高めることになる。


(13日目/照ノ富士―朝乃山)

 

志半ばで角界を去った逸ノ城


 照ノ富士、霧馬山とモンゴルの出世力士が脚光を浴びる一方で、2人と同等かそれ以上の期待も寄せられていた逸ノ城が突如、引退した。先場所十両優勝し幕内に復帰する力士が本場所直前に腰痛などの体調不良を理由に角界を去るはずがない。2014年に初の幕内でいきなり13勝2敗と優勝戦線を賑わせ、大関・横綱は間違いないと太鼓判を押された四股名どおりの「逸材」だっただけに、相撲ファンの落胆は尋常ではない。


 女将(親方夫人)への暴行沙汰や親方との不和、身勝手で酒に溺れるなどなど、部屋でのコミュニケーションがうまくいかなかったことが早すぎる引退の背景にあるのは確かだろう。照ノ富士などとともに来日し、国内の高校に留学して力を付けた。しかし、日本語は今ひとつ上手くない。流暢に話す元横綱の鶴竜や白鵬、照ノ富士らはともかく、もう少し意思疎通のできるレベルまで習得していれば、また違った相撲人生が送れたのではないかと悔やまれる。比較的規模の小さい部屋で力士は逸ノ城ひとりという環境も、心を磨くには相応しくなかった。しかし、それ以上に自覚が足りない点で、本人の責任は免れない。日本国籍を取り、親方の姓をもらって引退後もあれこれと考えていたはずなのに、痛恨の極みである。


(逸ノ城と湊親方 5月4日/両国国技館)


 長い伝統と格式をひたすら維持してきた相撲界。力士の人間教育が優先される。甘やかす必要はない。ただ、一門内ならば1度の移籍が可能など力士の側に立った制度改革に着手すべき時期に来ているのではないか。一気に改革しようなどと思わず、できるところから進めてほしい。逸ノ城の表情は無念な思いでいっぱいだ。親方の渋面がすべてを物語る。それ以上の多くの好角家が泣いている。(三)