少し前から続いている教養本ブームに乗った訳ではないが、『教養としての「病」』というタイトルに惹かれて手に取った。


 大部分が腎臓病と前立腺がんを患った佐藤優氏と主治医の片岡浩史氏の対話で構成されている。片岡氏は、いったんは京都大学の法学部を卒業してJR西日本で働いた、異色の経歴の医者だ。


 そのためか、単なる患者と医者の対談にとどまらず、互いのバックグラウンドや医療以外の分野にも話題が広がっている。「徒然なる」話題については、本書を読んでいただきたいが、医療の観点では「腎臓病を抱えた患者の実態」「医療現場の問題点」「医師への道」の3つのポイントに着目しながら読んだ。


 まずは「腎臓病を抱えた患者の実態」。周囲に透析患者がいないため具体的なイメージを持っていなかったが、本書には佐藤氏が慢性腎臓病から透析に至るまでの経緯がつづられている。驚いたのは佐藤氏の体重の変動。本書から数字を引いてみると、大学入学時(1979年)の62kgから増減を繰り返し、人気作家となった2020年には124kgに達している。


 糖尿病や心疾患のリスクが高まる数値として、20歳時の体重から5kg増えると……、10kg増えると……などという研究や記事をよく見かけるが、佐藤氏の場合、最大で2倍。体の負担は大きかったはずだ(食餌療法と運動療法で、現在は80kgを切っている模様)。


〈肥満症の患者は、たくさん食べていても「自分はあまり食べていません」と否認します〉とは真実に近い指摘だろう。アスリート級の運動をしたり、体質の関係だったりで、かなり食べても太らない人は存在するが、太っている人で食べていない人は極めてマレだ。


 透析を始めたころのエピソードや〈一晩寝れば調子が戻る〉という透析後に生じる体調不良の状況は生々しく、透析患者のリアルがよく伝わってくる。


■700人もの患者を診る医師


「医療現場の問題点」は無数にあるが、本書で改めて認識したのが医師の過重労働だ。昨今、働き方改革を受けて、物流業界の「2024年問題」が話題になっているものの、物流業界の時間外労働時間の上限は年間960時間。これに対し一定の医師については上限を年間1860時間までに「制限」するという。


 月「平均」にすると155時間。自らの経験に重ねると、155時間の時間外勤務に達するには、休日出勤や連続勤務がつきものだ。それが常態化したのが年間1860時間の時間外である。これから制限して年間1860時間なのだから、今はもっと働いているはずだ。勤務医を中心に、通常ではあり得ない働き方をしなければ現場が回らないのが実態なのである。ちなみに、片岡医師の場合、ふだん診ている患者の数が約700人にも上るという(超人的だ!)。


 大学病院などでしばしば発生する「待ち時間」の問題についても言及されている。待たされたことにキレる患者も珍しくないが、佐藤氏はソ連時代の経験を踏まえて〈行列による調整〉として、待ち時間については寛容なスタンスだ。


 個人的には、病院ごとの運用やシステムの改善といった現場レベルでできる改善や、医療資源の配分の見直しなどで、待ち時間の問題はまだまだ改善・改革の余地があると見ている。佐藤氏も指摘していた、病院同士の横の連絡が悪い点や、医師が予約などの事務作業に追われる点もしかり。


 コロナ禍で、ファックスによる感染者情報の収集が「時代錯誤」とニュースになっていたように、医療業界では医療以外の部分で立ち遅れが目立つ。どっぷり中に浸かっていると見えないものだろうか?


 冒頭に書いたように、片岡氏は大学の文系学部を卒業して民間企業で働いた経験を持つ。今や一般誌が特集を編むほど過熱している医学部受験の世界だが、一般的にはトップクラスの進学校の生徒が医学部専門の受験予備校などに通いつつ、純粋培養で医師を目指すケースが多いことを考えると極めて珍しい例だろう。


 めでたく合格しても、私学なら6年間で2000万~3000万円の学費は珍しくもない。カネ持ちの子でないと医者を目指せない雰囲気が広がっている。しかし、片岡氏はJR西日本退職時の手持ち100万円とアルバイトなどで資金を賄いながら、医師になっている。もちろん、国立大学の医学部に合格できるほどの能力と努力が前提だが、本気で医師を目指すなら、一般家庭の子や、社会人の経験者にも道は開かれているのである。


 もう少し深堀してほしかったのが、亀田総合病院の話題。都心から離れていながら、評判のいい有名病院だ。若かりし頃に勤務した片岡氏曰く、〈医者が働きやすい病院〉〈全国から優秀な若手医者が集まってくる〉〈個々の医者たちがいろいろなことを深く考えつつ、自分の力でやりたい医療をしていく〉〈みんながみんな、やる気が旺盛〉と絶賛。雰囲気は伝わってきたが、マネジメントの神髄を知りたくなった。


「教養」というタイトルにはやや違和感が残ったものの、患者目線で医療を見て、さまざまな疑問や意見を医師にぶつける特異な1冊。意外な気づきも多かった。  (鎌)


<書籍データ>

教養としての「病」

佐藤優、片岡浩史著(インターナショナル新書1034円)