木原誠二・官房副長官の妻が前夫の「怪死事件」で事情聴取を受けていた、とする先週号週刊文春の衝撃記事。今週の文春はその第2弾『刑事が遺族に「これは殺人だ、無念を晴らす」木原副長官の嘘を暴く“怪死”捜査音声160分』という記事で、一切を「事実無根」と否定する木原氏と全面対決する姿勢を強めている。


 今週号で取り上げた「捜査音声」とは、現・木原夫人のかつての夫だった男性の急死(刃物の傷による失血死、享年28)を当初、自殺と見た警察の判断に納得できずにいた死亡男性の両親に2018年、警視庁の捜査員たちが「(男性の死は)事件性があるのではないか」と再捜査に乗り出したことを説明するやり取りだ。文春記事は音声データのごく一部を紹介するだけだが、編集部はおそらく男性の父親からこれを入手したのだろう。


 しかしその一方、先週の文春に第1報が出たあとも、新聞やテレビ、さらにはウエブ媒体も沈黙を続けている。一部のネット情報には、死亡男性の父親が3日前、一旦は緊急会見をセットしかけたが、どのような事情からか会見は土壇場で中止された、という話もある。木原氏側が各メディアに連絡して文春への刑事告訴を宣言したこともあり、他のメディアは訴訟リスクも考えて、なかなか手を出せずにいるということらしい。


 もちろん、新聞やテレビの通常の事件報道ルールからすれば、殺人事件の捜査線上に容疑者が浮上しても、逮捕状の執行や指名手配前にその実名が報じられることは原則ない。その意味では、今回の文春報道を現時点で後追いしないのは「常道」のスタンスとも言えるわけで、約40年前の「ロス疑惑」報道の際、対象者を特定したうえでの殺人疑惑報道を週刊誌やワイドショーが競い合い、あとになって当事者による名誉棄損裁判で軒並み敗訴してしまった、という苦い記憶もおそらく脳裏をよぎるのであろう。


 だが、警察発表をベースとする通常の事件報道スタイルでこの件を扱うのは困難でも、文春同様に各メディアが自ら当事者を訪ね歩き、自社責任の「調査報道」として事実を固めれば、手間暇やリスクはあるにしても、この件を追う価値は十分にある。ジャニーズ問題でも統一教会問題でも、海外メディアや限られたフリーランサーの仕事がネットで反響を呼ぶなかで、国内の主要報道機関が一様に怖気づき、沈黙を続けた醜態は記憶に新しい。この辺りでいい加減、戦う姿勢を示さないと、報道への信頼はほぼ地に落ちてしまっていることに各メディアはそろそろ気づくべきだろう。


 同じように先週と今週、週刊現代が報じたマイナンバー・年収情報流出問題のキャンペーン内容も、現時点ではほとんど黙殺されているが、こちらの深刻さも相当なものだ。タイトルは前号が『日本人の「マイナンバーと年収情報」はこうして中国に流出した 厚労省が隠していること』、今週号は『池袋の一室から中国に丸投げされた「日本人500万人のマイナンバーと年収情報」のゆくえ』である。


 執筆者のジャーナリスト・岩瀬達哉氏は「消えた年金問題」を機に総務省・内閣官房などが所管する旧社会保険庁・日本年金機構を監視する委員会のメンバーにもなっている専門家だ。今回の「データ流出問題」は2017年、税制改正に伴う年金プログラムの修正の際、データ入力を請け負った企業が、多くの作業を中国の下請けに丸投げしたことで生じた問題で、2年前、国会で野党の追及も受けてはいるのだが、年金基金内部の検証委員も務めた岩瀬氏によると、年金機構や厚労省は虚偽答弁を繰り返し、事態の深刻さを隠し通したという。


 奇しくも2週前から文春、現代それぞれで始まった両誌の「独走キャンペーン」。しかし、強大な権力に立ち向かう報道で結果を勝ち取るには、どうしても他メディアの援護射撃が要る。1誌ずつの「孤軍奮闘」では、世間の反応も薄くなってしまう。それにしてもこの国のメディアに染み付いた「黙殺グセ」は、相当深刻なところに来てしまったように思われてならない。


………………………………………………………………

三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。