中高年になると誰しも体のどこかにガタがくる。会社員の場合、一般的な健康診断は会社の負担だが、自腹で人間ドックを受診したり、会社や健康保険組合の制度を使って人間ドックを受診する人も多いだろう。『人間ドックの作法』は、この人間ドックを使いこなす秘訣を伝授してくれる1冊である。
戦後になって、日本人の栄養状態は改善し、感染症の治療薬が開発された。日本人の疾病構造が変わるなか、〈脳卒中や心臓病などある程度自分自身の普段の行動を変えることで「防げる」病気や、がんのように「早期発見することで治療ができる」病気の恐怖が顕在化〉したことで、人間ドックが誕生した。
もっとも、〈しっかりしたデータを確認した上で人間ドックが導入されたわけではありません〉というのが実情だ。
人間ドックに限った話ではないが、一度仕組みができてしまうと、その効果や害を検証せずに、漫然と同じことを続けてしまうのが日本人の常。〈人間ドックの検査項目は玉石混交〉で、受けたほうがいい検査、受けてもいい検査、受けるのをお勧めしない検査が混在しているという。
人間ドックは健康診断に比べて検査項目が多い。どの検査が効果的なのか、検査結果はどう読み解けばいいのか、詳細は本書を参照していただきたいが、がん検診として実施されているものには有効なものが多いようだ。バリウム検査と胃カメラの得意分野の違いなど、細かい部分まで解説されている。検査項目を選ぶ際の参考にしていただきたい。
人間ドックのなかには高額な費用がかかる、いわゆる高級ドックもあるが、高額だからといって、必ずしも医療的に優れているというわけではない。〈「高ければ高いほど良い医療が受けられる」というよりは、人間ドックに付帯するサービスの向上が期待できる〉というのが本当のところだ。
某大学病院の高級人間ドックで、凝ったインテリアや丁寧な職員の応対を見て感心したことはあったが、確かにそこは医療の質とは関係ない付帯サービスの部分だ。
■実は有効性が証明されていないPET
ちなみに、がんの検査として万能かのように誤解されることも多いPET検査だが、〈結論から言えば「まだ効果が証明されていない」検査〉だという。
本来、PET検査は、がん患者の転移や治療効果などの評価をするための検査。がんではない人を検査して、死亡率を低下させるという結果になった科学的なデータはないという。1cm以下のがんなど、PETでも発見しにくいがんもある。
PET検査を受けるのは、〈「がん検診に加えて、できることはすべてやっておきたい」という考え方の人〉だけにしておいたほうがいいだろう。
40歳前後から人間ドックを受けるという人は多いが、実は「やめ時」もある。人間ドックは体にも財布にも負担がかかる。病気が判明しても治療できない年齢なら、検査するだけムダだ。
とくに基準があるわけではないが、現状で著者が「人間ドック卒業」を検討してもいいと考えるのは75歳を迎えるあたり。一定の年齢になったら、かかりつけ医師や家族と相談しつつ、人間ドックをやめることも視野に入れたい。
人間ドックは受けたら終わりではない。〈適切なフィードバックが受けられておらず、とんでもない数値で放置されていたり、本人に危機感が全くなかったりすることも〉珍しくない。会社は健康診断や人間ドックを受けさせるまでは熱心だが、以降はほったらかしに近いところもある。
冒頭にも記したように、結果が出たらきちんと読み返し、数値が悪ければ、生活習慣を改めていくことが、人間ドックを受ける最大の意義だろう(自戒の念も込めつつ)。それにしても、人間ドックが始まってまもなく70年。医療界全体で、改めて検査データを収集・解析して有効な検査を検証してはいかがだろうか? 長らく意味のない検査をやっていたことが判明すると、それはそれで面倒なことになりそうではあるが……。(鎌)
<書籍データ>
『人間ドックの作法』
森勇麿著(中央公論新社1760円)