普段、患者として医療サービスを受けていても、あまり法律を意識することはないだろう。しかし、介護サービスを利用しようとすれば契約が行われるし、医療でも訴訟となれば、法律が関係してくる。


 新型コロナウイルス感染症のパンデミック下では、感染症法やさまざまな特例措置など、法律を意識させられる場面も少なからずあった。


『医療と介護の法律入門』は、医療や介護に関連する法律の全体像から、医療事故、医療訴訟、終末期医療、治験・臨床研究、医療情報活用といった注目の論点に関連する法律や制度、課題についてまとめた1冊である。


 医療事故の報道や医療訴訟の増加で、医療をめぐるさまざまな法律や制度、運用に大きな変化がみられるようになったのは1990年代後半~2000年前後だろうか。


 著者が〈インパクトは本当に大きなものがありました〉と振り返るのは、1995年から2006年にわたって、〈第一審(地方裁判所)と第二審(高等裁判所)で続けて医療機関側が勝訴した事件の判決を、最高裁が二一件にわたって破棄した〉こと。


 民事訴訟の件数は急増し、2001年には厚生労働省に、医療安全推進室が設置されている。いくつかの事件を契機に、医療事故の届け出件数も増加した。思い起こせば、その頃、インフォームド・コンセントがずいぶん丁寧になされるようになって驚いた記憶がある。


 介護の分野でも、2000年に介護保険制度が始まり「措置から契約」への変化が生じ、世界が一変した。


■徹底して記録し検証する米国


 個別の論点は本書を参照していただくとして、全体を通して気になったのが、日米の文化や制度の違いだ。


 米国では、争いごとの最前線に司法が積極的にかかわる。生命維持治療を例にとれば、米国の場合〈生命倫理の重要な課題については、裁判所が事前に介入して迅速な審理を行っており、医療現場は裁判所の判断に基づいて対応しているので、生命維持治療を中止した医師が刑事手続きで裁かれることはありません〉という。


 一方、日本では法律ができるまで、ガイドラインを作って対応する方法がとられる。ただし、ガイドラインは法律ではないため、裁判で有罪となってしまうことも起こり得る。


 医療現場で徹底して記録をとったり、チェックしたりする仕組みも、米国は日本よりだいぶ先を行っている。


 30年ほど前、著者が米海軍病院のインターンとして勤務していたころには、診療記録をチェックして不注意やミスを洗い出し、指導や処分する「QAナース」の仕組みが存在していたという。


 救急救命の際には「記録者」が指名される、手術の際には、手術直後に口述筆記のための録音を開始するといったことが行われていた。昔から米国が訴訟社会だったことも影響しているのだろう。


 日本でも、救急救命における記録者の仕組みを導入している医療機関が出てきているそうだが、その水準や普及度合いが気になるところである。


 加えて、米国では州政府が実施する、医師の免許審査の仕組みも機能しており、処分の対象になると、制裁や再教育も行われるという。


 医療や介護をめぐる法律や制度は、受け入れる側の文化や社会規範にも影響される。また、昨今は〈治験や臨床研究、医療情報の利活用などの法制度をみても、法制度そのものが国際競争と国際協調のはざまで揺れ動〉くものである。


 技術の進歩は日進月歩で、法律や制度の先を行くことも珍しくない。生殖補助医療やAIの医療への利活用は典型的な分野だろう。


 法律や制度の制定に当たっては、「普通の人」も交えた健全な議論が求められるが、医療をめぐる議論は専門家ですら理解しにくい難解な話になりがちだ。発信する側には、〈情報をどのように整理して「普通の人」に見せるかという工夫〉が求められる。(鎌)


<書籍データ>

医療と介護の法律入門

児玉安司著(岩波新書1056円)