最先端の医療の多くは米国からやってくる。しかし、映画『シッコ』で描かれた健康保険制度や医療アクセスの問題はよく知られるところ。高額な医療費がかかる国でもある。


『病が分断するアメリカ』は、コロナ禍の米国の状況をたどりつつ、公衆衛生の視点から、社会格差、地域格差、人種格差といった米国社会の分断を検証した1冊だ。


 米国の公衆衛生を考えるうえでの大前提として、〈「自分たちのことは自分たちで決める」という自治が成立している〉。基本的に米国では、連邦政府は医療や公衆衛生に直接関与しない(連邦補助金を通じた介入はある)。政府は〈直接管理する軍隊と海員病院についてのみ医療や公衆衛生の権限を持ち、それ以外の一般住民に対しては州が管轄するもの〉とされている。


 日本人の感覚では少々理解に苦しむが、国民皆保険を目指したオバマケア(医療保険改革)にも批判が相次いだ。


 では、米国人の健康状態は?といえば、〈平均寿命はG7諸国の中では短く、乳児死亡率は高い〉。肥満率や虚血系心疾患による死亡者数なども高い水準だ、とまで書かずとも、米国に行けば多数の肥満の人々を目にするので一目瞭然。健康状態が他の先進国より良好とは言えないだろう。無保険者もいまだ2700万人もいる。


 新型コロナウイルス感染症への対応でも、結果は振るわず。データのとり方が国によって異なる部分があったのかもしれないが、累積発症者や死亡者数で最多、人口比でもワーストだった。新型コロナワクチンを早い段階で導入できたにもかかわらず、何が起こっていたのだろうか?


 日本でも新型コロナへの対応を巡っては、さまざまな論争が行われたが、米国でのそれはもっと複雑で、本書には米国の公衆衛生の背景が透けて見える事象が登場する。


 例えば、ワクチン接種。予防ワクチンは、治療と違って健康な人が接種するだけに、どの国にも抵抗感を感じる人がいるが、日本では、ワクチン接種に反対する人は、一部の陰謀論を除けば、効果への疑問や、補償問題、副反応問題など、ロジカルなトピックが中心だった。


 米国の場合、〈自然と共に生きるべきとしてワクチンと医療に反する完全否定派、キリスト教の一派であるクリスチャン・サイエンティストのような教義に基づく否定派、州の定めるワクチン接種スケジュールに融通をきかせたい柔軟派、接種するワクチンを自らで決めたい選択派〉などが、一定のボリュームで存在する。


 加えて、かかりつけ医がいないことが多いヒスパニックや黒人の接種が遅れた。大規模接種会場の場所や、接種を受けるための手続きがわからないなど、情報が届かなかった人も多かった。〈情報格差は公衆衛生の一つのボトルネックになっている〉。


 黒人の人々には、〈自分たちは実験台にされるのではないか――〉という疑念もあったようだ。有名な「タスキギー梅毒実験」をはじめ、かつて黒人は、新薬や新しい治療法の開発で非倫理的な人体実験に参加させられていた。〈新しい医療に対する警戒感は今でも強い〉という。


■顧みられないフロンティア


 マスクについては、〈アメリカはマスクを外すことへの同調圧力が存在する〉。マスクを着けていないと白い目で見られた日本とは真逆の状況だが、米国のマスク忌避はもっと年季が入っていて大掛かりだ。


 1918~1919年の「スペイン風邪」でマスク着用を義務付けられた国民の不満は相当大きく、当時、反マスク連盟が結成された。戦後は白頭巾のクー・クラックス・クラン(KKK)の活動が活発化したことで、複数の州や地域で「マスク禁止法」が制定された。こうした歴史的な経緯から、そもそもマスクに対する抵抗感は根強く、着用の義務化をめぐっては、さまざまな裁判やデモも繰り広げられた。


「ま、仕方ないか」程度の感覚でマスクを着用していた大方の日本人にとっては、なかなか理解しがたい状況なのだが、自由を制限するようなルールに対しては闘う。司法の場で議論されることも珍しくない。結果の評価は別にして、納得感はあるのだろう。


 米国の公衆衛生を考えるうえで、本書を読むまで意識してこなかったのが非都市部の貧困地域、著者が言う〈顧みられないフロンティア〉をめぐる諸問題である。

 

〈ガスや電気などのユーティリティを欠き、インターネットアクセスの存在しない場所がある。健康と疾病に関するリアルタイムの情報格差は、かなり大きい。そして、衛生上重要な清潔な水の供給についても問題がある〉という。


 こうしたエリアでは、脂肪分過多の食生活、高い喫煙率、酒の飲みすぎなどで、糖尿病や循環器系疾患のリスクが高い。ハンバーガーにフライドポテトに代表されるような安価なジャンクフードばかり食べている食生活のイメージだろう。近年は薬物依存の問題も大きくなっている。ストレスも大きいようで自殺率は非都市部が都市部の2倍に達しているという。自動車移動が中心で、歩くなど運動する機会も意外に少ない(そこは日本の田舎も同様だ)。


 医療面では、人口当たりの一般開業医や医療機関までの距離などの医療アクセスは都市部に比べて大きく劣っている。ICU(集中治療室)を持たない地域があったり、急性期医療に携わる人材、人工呼吸器など医療設備の不足など、コロナ禍で必要とされた医療資源が不足していたはずだ。


 数々の課題を抱えつつも、非都市部では、〈課題を改善するための具体的目標設定はほとんど行われていない。これは、非都市部における健康データが網羅的に収集されておらず、また調査も継続的でないことが原因〉だという。まさに〈顧みられないフロンティア〉である。


 最先端の医療を持ちながらも、全体としての国民の健康はイマイチ――。国民性や制度が違いすぎて、一見よその世界の話のようだが、所得の格差が拡大しつつ、地方が疲弊、移民が増えつつある日本の医療の未来を考える上で、他人事としてよいものだろうか。(鎌)


<書籍データ>

病が分断するアメリカ

平体由美著(ちくま新書968円)