残暑が続く中、書店では2024年版の業界地図が平積みされている。出版各社の見解は概ね共通で、「医薬品」の業界天気図は曇りから雨。高齢化に伴う医薬品の使用量増加にもかかわらず、2021年度以降の薬価毎年改定等を背景に、国内市場の成長は鈍化。一方で北米市場は成長を続けているため各社が海外に活路を求めている、との解説である。こうした環境のもと、大阪府は「製薬業界を含むライフサイエンス分野では、グローバルな場でのオープンイノベーションの成功がビジネス拡大の重要な要素」と捉え、「ライフサイエンス海外ビジネス展開等支援事業」を展開している。去る8月21日には同事業の一環として、海外展開サポートセミナーが開催され、経験者が日本人の几帳面で定型的なアプローチだけではチャンスをつかみきれない現実を指摘した。
■新薬承認の動向に厳しさと希望
海外展開にあたり第一に把握する必要がある米国の状況はどうか。Boston Consulting Groupの分析によると、2022年に米国FDA下の医薬品評価センター(CDER)と生物製品評価センター(CBER)が承認した新薬は43で、2014~21年の年平均承認数51を下回った。22年に承認された新薬のピーク売上合計(推計、以下同)は690億米ドルで、21年の890億米ドル、2014~21年平均760億米ドルには届かず、その理由はCOVID-19の影響が長引いたこと(“COVID-19 hangover?”)とされた。
ただ、同グループは、今後の見込みについては悲観していない。22年の1剤当たりピーク売上は、平均値16億米ドル(約2,340億円)、中央値6億米ドル(約880億円)で、21年と同レベルだからだ〈下図〉。その要因として、チルゼパチド(持続性GIP/GLP-1受容体作動薬、Eli Lilly)やファリシマブ(抗VEGF/抗Ang-2ヒト化二重特異性もモノクローナル抗体、Roche)の承認を挙げている。
22年に承認された新薬の主な領域は、承認数ではがん29%、感染症13%がトップ2。収益ではがん16%に対し感染症43%と逆転するが、21年の10%対64%に比べると“COVID-19関連の二日酔い”状態から平常に戻りつつある。改めて2000~13年と14~22年のデータを比較すると、FDAの年間新薬承認数は7割近く増えたが、1剤当たりのピーク売上は6%増程度。そこで大手外資系企業がどのような戦略をとるかを知る必要がある。
■パートナー候補の関心領域をチェック
海外展開サポートセミナーでは、まず、本田孝雄氏(日本イーライリリー株式会社/ Senior Director, Lilly New Ventures, Japan and Asia)が登壇。『医薬品創出において日本人が海外に展開していくためには?』と題し、国内企業を経て外資系企業でopen innovationさらにはexternal innovationに携わってきた経験から、実践的な情報提供とアドバイスを行った。以下に、その要点を紹介する。
【世の中の状況並びに外資系大手製薬企業の提携に関する考え方】一般的に国内外の企業とも売上高の17~18%を研究開発費に充てている。世界の医薬品市場(約200兆円)の約40%を占める米国でどれだけ新薬を上市できるかが、製薬企業の一つのゴールとなっている。米国研究製薬工業協会(PhRMA)がFDAの承認に至る各段階の確率を示した資料によれば、基礎研究1/146→新薬候補の発見1/100→前臨床1/20→臨床試験(フェーズ1)1/12.5(筆者注:ここまでで365万分の1)。つまり、1剤の新薬承認にこぎ着けるには、フェーズ1に最低13候補が必要だ。大手外資系企業(以下グローバルファーマ)は、各フェーズの成功確率を考慮して、以後の各フェーズにどのくらいの数を揃えておけばよいかを常に計算して開発に取り組んでいる。
トップ10に入るグローバルファーマはいずれも年間1兆円以上を研究開発に投じている。この投資に対し、新薬1剤当たりのピーク売上予測が年間2,000億円程度だとしたら、1~2剤の成功では収支が合わない。今後の方向性として、グローバルファーマが重視するのは、まず、臨床開発の成功率をいかに高めるか、特に、臨床開発のなるべく早期に概念実証(POC)を得ること。また、特定の重点疾患領域には固執せず、バイオロジーが明確になった疾患を対象にしたり、頻繁に疾患領域を見直したりする企業が増えてきている。
ちなみに、Eli Lilly and Company の場合は、2009年以降、5つの関心領域を公開してきた。5領域は必ずしも個別ではなく、Immuno-Oncologyなどの複合領域もあり得る。これとは別に希少疾患などの“White Space”も創薬の標的となり得るという。
実際に同社のサイトを見てみると、5領域にプラットフォーム技術を加えた6項目それぞれについて、具体的な実例が対象外のものを含めて示されていた〈下図に一部を例示〉。
■“FIRMING”でなくFISHING”が当たり前
【提携先候補(特に外資系大手)と対話する留意する方がよいと思われる点】グローバルファーマは、自社研究を大切にしつつも、外部とコラボレーションできる案件を発掘する目利き能力を磨いている。グローバルファーマと“組んで”の海外展開を狙う企業は次のようなことを意識し実践してほしい。
❶戦略とサイエンスは必須:グローバルファーマの案件評価は戦略適合性とサイエンスが全てであり、基本的にNovel Target やFirst in Classを狙っている。したがって、その企業の関心領域や“Wish List”をチェックした上で、例えば、ひと口に“がん”と言っても、どの病態の何を狙っているのか、(自社の新薬候補の)作用機序はなぜ面白いのか、unmet medical needsをどう満たすかの考察が必要。協業先とどのようなシナジーを生めるかまで考察できればなおよい。
❷先方の案件探索手法に対応:グローバルファーマは膨大な案件を抱えているため時間がない。標的や候補物質名を出さずにTarget X、Compound Yとしてデータ提示されると、秘密保持契約締結の可否を判断できないので、できれば避けていただきたい。提示するデータで、何がユニークなのか、展望(競合状況など)を示す必要がある。「こんなデータがありますが、いかがでしょう?」というプレゼン手法では、おそらく期待する回答は得られない。
❸トランスレーショナル・サイエンスではヒトへの外挿性を重視:標的分子や作用機序、動物を用いた前臨床データは大切だが、ヒトへの外挿性はもっと重要。ヒト疾患への関与が解明されていれば、案件の魅力が増す。逆に、臨床的な価値が出そうもない化合物で毒性試験や大量生産を行ってフェーズ1に進む例などを見ると、もったいない気がしてしまう。
❹FARMINGよりFISHING:(アカデミアやスタートアップが)「ここまで研究してきたので一緒にやりましょう」というのはfirmingやincubationといった農耕民族的発想。ところが、ほとんどのグローバルファーマは、一定の基準を設けて、それを超えた案件のみを検討している。いわば狩猟民族的なfishingだ。当社もこの違いを踏まえて、open innovationでなくexternal innovation という言葉を使うようになった。
❺国内でなく海外目線で:日本発の産業は従来まず国内で一定の地位を獲得してから海外に進出してきたが、時間的に不利である。今後は、最初から国内外の両方を目指す方がよい。中国の優秀な研究者は欧米の大学に留学し、サイエンスと経営学を身に付けた上で自国に戻り、政府の支援などを受けて起業する。こうした“海亀(sea turtle)”型の発想に期待したい。中国に限らず、韓国、台湾、シンガポールなどとも、水面下で熾烈な競争がある事実も認識すべきだろう。
❻断る=DECLINEの意味を知る:日本人は何らかの案件の紹介を受ければ自分(自社)の興味度合いにかかわらず必ず返信するが、これは欧米の標準ではない。演者の感覚では、反応の有無はよくて半々、下手をすると7割が無返信だ。その背景にある考え方として「戦略とサイエンスが合致しないものに時間をかけたくない」「そもそも興味のない案件について理由を記載して返信する必要はない」「別の面談機会に対話・議論すればよい」などが挙げられる。相手に反応してもらうには、ユニークさや、something new、something differentが必要だ。
❼コミュニケーションスキルを磨く:少なくとも当社の場合、TOEICや英検の点数は誰も聞かないし、気にしない。大切なのは「データ中心のコンパクトなプレゼン」と「きちんとしたロジック」。以心伝心は通用しないので、「常に本質を捉える訓練」を行い「観察能力」を鍛えておく。「きちんとしたQ&A」も重要。データがなければ「ない」と言うべきで、質問に答えずに知っていることを話すのは最悪だ。心構えとしては、「失敗を気にせず」「アグレッシブに」臨んでほしい。
このセミナーでは、石村徳彦氏(大阪府警察本部 外事課 経済保障担当)が、『技術情報流出をめぐる現状と課題について』も解説した〈下図〉。その内容は、事例の動画や啓発パンフレットも含めて警察庁のサイトに掲載されている。海外展開を目指す企業やその社員は、積極的な攻めと同時に、日頃からのリスク認識に基づく守りの姿勢も求められる。
(2023年8月31日時点の情報に基づき作成)
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。