専門的な分野を一般の人でも理解できるように平易に、かつコンパクトに凝縮した「新書」が、人気を集めるようになって、かれこれ20年くらい経つだろうか。「まんが」という表現形態も、従来のストーリー形式のものだけでなく、ビジネスや医療などさまざまな情報をわかりやすく解説する手段として一般化している。そして、「YouTube」の存在感は高まる一方だ。ウェブ記事同様に、情報が玉石混交な面はあるものの、要点を上手にまとめた動画チャンネルは、人気を集めている。
忙しい現代人に人気の「新書×まんが×YouTube」で誕生したのが、『押川先生、「抗がん剤は危ない」って本当ですか?』である。著者はがん患者に人気のYouTube「がん防災チャンネル」で知られる医師の押川勝太郎氏とまんが家のおちゃずけ氏。
「がん防災チャンネル」から、重要なポイントを厳選し、まんがと文章を駆使して平易な表現で、がん患者に多い疑問や誤解を解いてくれる1冊だ。巻末には、トピックと関連する動画へリンクするQRコードが掲載されており、書籍と行き来しながら理解できるつくりとなっている。
一般の人にとって勘違いが生じやすいのが、がんの「標準治療」。〈がん治療を受ける患者さん側では、ネガティブな印象とともに使われることがかなり多〉いという。
「標準」という言葉が「並」「平凡」の印象を与え、や「上」「特上」がありそうな響きがある。実際には標準治療は〈全世界の優秀な研究者と、献身的ながん患者によって治験を重ね選び抜かれた特別な治療法〉だ。
とはいえ、すべての患者が治るわけではない。そのため、さまざまな自然療法や代替療法などの「奇跡の治療法」が流布されるのだが、著者の友人の医師が調べたところ、〈上位9割の情報が医学的根拠のないものだった〉という。
40~50代になると、日常会話や飲み会の席でも「健康ネタ」「薬・サプリ情報」が話題になるケースが増えるが、聞くとだいたいは怪しい話である。
怪しいという意味では、「がんにならない」「がんを治す」的なタイトルの書籍も要注意。著者は〈がんが縮小する、あるいはなくなると謳う食事療法は全て詐欺だと断言します〉と強い表現で書いている。〈抗がん剤治療を受ける患者さんには、体力が必要〉である。食事療法が効かないだけならいいが、不要な食事制限が逆効果になることもある。
ちなみに、よくある誤解としてがんの「ステージⅣ」という言葉は、=「末期がん」と捉えられがちだが、実際には別物で、他の臓器への転移で〈がんの広がりが大きい、つまり根治がしにくい〉という定義である。
■一番の患者支援は「お金」
入門者向けに書かれているが、一定の知識がある人にとっても参考になる部分は少なくない。
例えば、前述の標準治療。〈遠隔転移のあるステージⅣ、つまり手術で完治不可能な状態の固形がんにおいては、同じ臓器のがんでも同じものは一つもない〉にもかかわらず、〈ガイドラインで示された標準治療を、杓子定規に当てはめようとする〉医師もいるのが実情だ。
個人差があるのだから、〈治療ガイドラインに記載している標準治療(一つとは限らない)を参考に、主治医が患者さんの病状、環境、価値観をくみ取り、いっしょに治療法を選択する〉のが本来の姿だろう。標準治療は〈検定された「教科書」みたいなもの〉という表現がものすごく腹落ちした。
気を付けたいのが、周囲の人々によるがん患者への〈善意の押しつけ〉。がんになると、友人知人から真偽不明のものも含めて多くの医療情報やおススメのサプリなどが送られてくる(最近、同様のケースに遭遇した。もちろん送った当人は善意からだ)。しかし、高額だったりお腹が膨れたりで、患者を苦しめることがあるという。
でも、「何かしたい」というとき、どうするか? がん治療にはお金がかかるし、収入が減ることもある。患者を支援する一番の方法として著者が勧めるのは、お金を渡すこと。好き嫌いや要不要を超えた最適解だろう。
今後の課題としては、早期からの緩和ケア=著者が提唱する〈アクティブ緩和ケア〉に注目したい。近年ようやく認知されるようになってきたが、緩和ケアは、医療者・患者ともに、「末期のもの」をイメージする人が一般的だろう。しかし、治療中も痛みがあったり、薬の副作用があったりと苦痛は多い。身体だけでなく、不安など心の健康への影響もある。不足する施設の整備も含めて、緩和ケアの拡充が望まれる。(鎌)
<書籍データ>
押川勝太郎、おちゃずけ著(光文社新書990円)