書店やキオスクでわざわざ買った覚えはない。だが、高度成長期の昔から定食屋や床屋など至る所に積まれていた劇画『ゴルゴ13』シリーズを、私は過去、数えきれないほど読んできた。政治家の麻生太郎氏が確か以前、「『ゴルゴ13』で国際情勢を学んだ」と公言し、嗤われたことがあった気がするが、実際、米ソ対立の狭間で物語が進行する冷戦期の作品は、毎回実に克明に政治的事件の背景が書き込まれていた。
著者さいとうたかを氏の仕事場は、数多くのスタッフの分業制だったらしい。のちに冒険小説で人気作家となる船戸与一氏も、一時期原作を担当するひとりだったと聞く。それほどの人材を手元に置き、『ゴルゴ13』は背景の徹底調査に力を注いだのだ。その時代は小説の分野でも、英国の大家フレデリック・フォーサイスばりに迫力ある作品が、数多く出版されたものだった。
しかし、いつの頃からか、その手の作品はほとんど話題にならなくなる。ファン層が激減したのだろう。と思いきや、この夏のTBSドラマ『VIVANT』はまさに昔懐かしい「国際冒険モノ」の趣で登場した。中央アジアの架空の国を舞台に、謎のテロ組織と日本の公安、そして自衛隊の超法規的諜報機関「別班」が三つ巴の死闘を繰り広げる。砂漠の中の逃避行を始めふんだんに海外ロケの場面を入れ、俳優陣も豪華。サンデー毎日に「ワイドショーの恋人」というコラムを書く放送作家・山田美保子氏は今週の回に「VIVANT見てた?」と見出しを付け、身の回りで話題沸騰だったと絶賛した。
かと思えば、同じ号のサンデー毎日では、共同通信編集委員の石井暁氏と同社出身のジャーナリスト・青木理氏が『空前ヒット「VIVANT」の深層 自衛隊別班はこんなに危険』と題する対談をしている。石井氏は自衛隊に内部協力者を得て、「別班」の存在を初めて明るみに出し、『自衛隊の闇組織 秘密情報組織「別班」の正体』という本にした人だ。青木氏もかつて『日本の公安警察』という本を出したこの分野の専門家。
石井氏はこの対談で、「別班」の取材中、文字通り生命にかかわる脅しや忠告を再三受けたと明かしている。このような「別班」を『VIVANT』はあまりにヒロイックに描き過ぎた。2人はそう強調する。首相も防衛相も実態を把握しない諜報機関が実在し、独断でさまざまな極秘行動をしている。そのリスクを国民はきちんと考えるべきだと。2人の危機感の背後にはもちろん、かつて日本を破滅の淵に導いた軍部の暴走の教訓がある。
私はと言えば、2人のような硬派の視点でなく、単純な「冒険小説ファン」として、このドラマには失望した。途中で興味を失って、後半は部分部分しか見ていない。筋立てがあまりに陳腐であり、リアリティの欠片もなかったためだ。
そもそもスパイ小説は荒唐無稽なものであり、『ゴルゴ13』にしても針の穴を通す狙撃の腕前を持つ。確かにそうなのだが、だからこそ舞台設定や周囲の人物造形では徹底してリアリティを追究する。「国際政治の裏側では、実際にこんなことが起きているのかもしれない」。読者にそう思わせてなんぼのジャンルなのだ。
『VIVANT』はその点でまったくダメだった。冷酷非情な国際テロ組織の首魁が実は日本人で、日本人政治家への個人的な恨みからこの組織をつくった――。そんな設定がわかるにつれ、私は見る気を失った。イスラムゲリラでもロシアの傭兵のことでもいい。もう少し話を現実に寄せてほしかった。さもないと、悪の組織「ショッカー」をめぐる少年漫画を読まされる気分になる。
このレベルで「大評判」になる令和のドラマ事情。少なからぬ人々に「リアリティの欠如」はもう、失点にはならないのだろう。リアルかどうかなど判別できないし、どうでもいい。つまりは「現実のほうの国際政治」に無関心なのだ。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。