普段「芸能ニュース」にほとんど食指が動かないこの私が、今回のジャニーズ問題に限っては、前のめりで注目してしまうのは、故・ジャニー喜多川氏の悪行・悪癖がけた外れの規模だったことに加え、強大な力を持つ組織や人物に日本人の大半がモノを言えなくなる現実を、これほどまで可視化したケースは珍しいと思うからだ。


 サンデー毎日にコラム『これは、アレだな』を連載する作家・高橋源一郎氏は今週号の記事でこの件を取り上げて、今回多くの関係者が「噂では聞いていた」と述べ、事実上の責任逃れをする態度に苦言を呈している。ちなみに氏はある民放テレビ局の番組審議会委員として、BBCで放映されたばかりだったジャニーズ問題の番組(結果的に今回の騒動の「導火線」となったドキュメンタリー)に関連して、(この局では)何も行動しないのか、と問い質したという。しかし社長以下、出席者はみな沈黙するばかり。「なるほど、と私は思った。なるほど」。高橋氏はこのときの胸中をそう記している。


「噂では聞いていた」すなわち「噂でしか知らなかった」という言い訳に関しては、敗戦後、無数の国民が「(国に)だまされていた」と口を揃えた状況に似ていると高橋氏は指摘する。この後者の問題では戦後すぐ、映画監督の伊丹万作が「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」と書いていることも。


 4日に行われたジャニーズ新体制2度目の会見では、会見の仕切りを請け負ったPR会社が、質問者から除外すべき6記者の「NGリスト」を作っていたことが発覚した。現物を入手したフライデー・デジタルの記事によれば、この紙には「NG記者」のほか、優先的に指名すべき「候補記者」8人の氏名もあり、会見では実際彼らが次々指名され、「生ぬるい質問」を続けたという。


 デイリー新潮などは、長々と糾弾調の質問をする東京新聞の名物記者・望月衣塑子氏(NG6記者のひとり)を名指しして批判、ネットにはそのような「記者の側の問題」を理由に排除を正当化する声も見られるが、今回、リスト化された他の「NG記者」5人には、長広舌を振るう傾向はとくに見られない。私自身、新聞記者だったその昔、質問時に長々と持論を述べる記者がいると、「そんな“演説”は会見後、一対一でやってくれ」と内心毒づいたものだったが、それでも「おべんちゃら質問」で時間を空費する御用記者に比べれば、ずっとましだと思っていた。


 ここで想起しなければならないのは、新聞・テレビの政治部が取り仕切る官房長官会見や首相会見には、今回のジャニーズ会見よりさらにひどい現実があることだ。質問者は事前に質問内容を提出する。会見する政治家は官僚が用意した作文をただ読むだけ。当日、記者に挙手をさせ指名してみせる進行は、まったくの茶番劇なのだ。


 音楽プロデューサー・松尾潔氏は日刊ゲンダイ・デジタルで、NGリストの存在を今回、NHKがスクープした意味合いが「途轍もなく大きい」と指摘する。理由はとくに説明していないが、NHKは政治的な「ベッタリ会見」を先導する代表格であり、過去には、政治家が会見で話す内容をNHK記者が文書で指南したケースもバレている。松尾氏はおそらく、今回のジャニーズ問題をきっかけに、こうした「政治部会見」の変革も期待するのだろう。


 そう言えば望月氏には、菅官房長官の定例会見で噛みついて、予定調和をぶち壊しにした「実績(前科?)」がある。「前置きはいいから端的に」と、言いたくなる場面はいまでも目に付くが、茶番劇に加担する記者たちより、その存在には価値があると思う。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。