少子化対策への政府の強い意志の表れなのだろう。2022年4月、不妊治療の範囲が拡大され、体外受精、顕微授精にも保険が適用されることになった。


 日々進化を続ける不妊治療の現状と保険の適用拡大後の状況をフォローするために手に取ったのが『不妊治療を考えたら読む本』。さまざまな不妊治療を扱う本書は、不妊治療の全体像を知るうえで、格好の1冊だ。


 不妊治療の専門家である医師と長く出産関連の執筆を行ってきたジャーナリストによる著作だけに、検査から最新の治療まで、わかりやすく書かれている。金銭面の目安が書かれているのも、親切だ。


 個々の検査や治療については本書を読んでいただきたいが、一般に「常識」と考えられているものには、時代遅れの考え方になっていたり、海外では否定されていたりすることもあるようだ。


 例えば、不妊治療で必須だと思われている「基礎体温の計測」だが、著者は〈必ず要るものだとは考えていません〉という。〈排卵日の推測やホルモンの検査としては、正確さという点で超音波検査や血液検査に劣りますし、精神的な負担になってしまうこともある〉からだ。


 また、薬による排卵誘発をしない、「自然周期」による体外受精は日本で実施される体外受精の7.4%を占めるが、〈妊娠率が低いので、海外ではほとんどすすめられていません〉という。英国ではガイドラインで〈自然周期の体外受精を女性に提案しないこと〉とまで書かれているとか。


■患者の負担が大幅減


 体外受精に保険適用されたことの影響として大きいのは、やはり金銭面での負担が小さくなったことだろう。例えば自費診療時代の体外受精には、全国平均で約50万円、都市部では70万~80万円かかることもあったが、著者は〈患者さんの自己負担額のボリュームゾーンは10万円台になる〉とみている。


 もうひとつ大きいのが、〈保険が適用されたということは、体外受精が、安全で、価値ある「医療」であると公に認められたことを意味します〉という点だ。自由診療で医療機関ごとにバラつきがあった不妊治療が標準化されることで、一定の医療水準が保たれることになる。患者の不安解消にも好影響がありそうである。


 もっとも、良い面ばかりではないという。


 著者が懸念するのは〈医師がそれまで自分たちの裁量で行ってきた方法と、国が定めた方法の間に違い〉が出ること。保険診療では一律の方法が定められ、その方法にそって治療しなければ保険が適用されない。基本的に先進医療を除いて混合診療は認められていないため、一律の方法に従わなければ、すべてが自由診療になってしまうのだ。


 この点については、著者の言うように、まずは保険診療、効果が得られなければオーダーメイドの自由診療、の「二段構え」が解決方法になりそうだ。


 実は日本は世界最高レベルの不妊治療技術を持ち、世界有数の不妊治療件数である。しかし、〈ART(生殖補助医療)の治療成績は、国際的にみると際立って低いというデータが2016年に発表され〉たほど悪い。その〈理由は、「効率の悪さ」と「年齢が高くなってから治療する人が多い」ためだと思われます〉。


 金銭面での負担が大きく減ったからだろう。保険の適用拡大後、〈不妊治療専門施設からは、「患者さんの年齢が若くなった」という声が聞こえてきます〉という。早い時期から不妊治療に取り組めるようになったことで、技術の進歩以上に治療成績の向上が期待できそうである。


 本来、不妊治療で大きな成果を上げそうなのは、治療のスタートが遅れる原因のひとつである「晩婚化」の解消だが、こればかりは医療では対処しようがない。(鎌)


<書籍データ>

不妊治療を考えたら読む本

浅田義正、河合蘭著(講談社1100円)