朝日慰安婦問題から派生した企画として、文春と週刊金曜日という2誌を舞台とした「公開誌上討論」が始まった。 


 テーマは「南京大虐殺」。対決するのは、「新しい歴史協会をつくる会」の創設者でもある拓大客員教授・藤岡信勝氏と、1971年に連載『中国への旅』で南京事件を描いた元朝日新聞記者・本多勝一氏。まるで、冷戦期を思わせる時代がかった企画であり、登場する論者の顔ぶれも懐かしい。 


 雑誌を舞台にした論争で反射的に思い浮かぶのは、その昔、ロッキード事件をめぐって立花隆氏と渡部昇一氏が長期間、繰り広げた朝日ジャーナルでの激論だが、今回は文章化した質問と回答を5回ずつやりとりするだけのこぢんまりとした“対決”である。 


 文春ではそのうちの「第1信〜第3信」を6ページで一挙掲載し、週刊金曜日は小刻みに分割するらしく、今週は「第1信」だけをまとめた。 


 少年時代から朝日新聞と文春発行の『諸君』という左右双方の媒体を併読してきた記憶を呼び起こすと、この手の論戦は「朝まで生テレビ」のディベートと同様、消化不良に終わる確率が高い。一見、かなりの紙幅を割いているかに見える活字媒体でも、さまざまな論点を根拠となる資料とともに検証し尽くさない限り、たいていは言いっ放しとなる。 


 討論の勝ち負けが可視化されることはほとんどなく、従って多くの読者は最初から「自分が信じたかった説」に軍配を上げる。左右両翼の読者層をもつ文春と金曜日では、それぞれの固定読者から異なる判定が下されるだろう。 


 実際、3信までを見た限り、この対決も明確な決着がつかずに終わる雰囲気が強い。藤岡氏は南京で日本軍が30万人を虐殺した、という説が流布したのは本多氏の著作の影響だとしたうえで、信憑性の低い中国政府のプロパガンダを無批判に広めた、と氏を攻撃する。 


 本多氏の側は、30万人という住民証言を作品に採録したものの、実際の犠牲者数については「知るよしもない」と注記してある、と言い、3万人説や4万人説の存在も紹介したうえで、藤岡氏の論法は虐殺そのものを否定しようとするトリックだと訴える。 


 結局、論点は微妙にすれ違い、「30万人説」の真偽をめぐる対決でもなければ(本多氏も「30万人説」は主張していない)、氏の当該記述が及ぼした影響力の検証でもなく、双方が自説を開陳するだけの形になっている。 


 思えば冷戦時代には、君が代・日の丸論争をはじめ、こうした“神学論争”が無数に存在した。ベルリンの壁が崩壊して四半世紀余り。だが、わが国では、大本営発表を盲信した戦争の時代から、北朝鮮や文革まで礼賛した左翼全盛期を経て、21世紀になってもなお、リアリズムに収束するどころか今度はまた右に振れ、事実より“信念”を重視する風潮がここに来て強まっている。 


 メディアが扱うのは往々にして刺激的な極論であり、それは、そのほうが商売になるからに過ぎない。冷静で客観的な分析を好む人々は、なかなか財布のひもを緩めてくれないのだ。それでも、昨今の世相を考えると、われわれもそろそろ、“結論ありきの熱い言説”だけが流通する言論マーケットの現状を、真剣に考え直すべき時を迎えている気がする。

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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』(東海教育研究所刊)など。