目下、「ライドシェア」論議が盛んだ。ライドシェアとは自家用車を使い有料で客を乗せる制度で、タクシー不足を補う、という。いわば、白ナンバーのタクシーだ。あぁ、それなら「白タク」があるじゃないか、というかもしれない。まぁ、同じようなものだが、白タクは相乗りだ。乗客一人ひとりから降車地までの料金を取るが、ライドシェアはタクシーと同じように一人、あるいは、同伴者だけを乗せる、というところに違いがある。白タクは禁止されているが、タクシーが不足している郊外では終電近くなると登場し、帰宅する人のためなのか警察も目を瞑っているようだ。


 私も一度、利用したことがある。まだつくばエキスプレスが開通していないバブルの頃で、サラリーマンが買える一戸建てを探したら、利根川を超えてしまったのだ。当初は千葉県柏市付近を探したら、柏には下水が完備されていないし、柏駅周辺でもプロパンガスだった。加えて、住宅会社の鼻息が荒く、「ローンが必要な人には売らない」などと言われたものだった。それで本下水が備わり都市ガスが通っているところを探したら、利根川を超えた茨城県守谷市だった。


 週刊誌勤務時代は帰宅が午前様になることが多く、タクシー券を使えたから、茨城県南部の守谷市に住んでも大して苦にならなかったのだが、編集会議で編集長がバブルを問題にして「こんなに地価が上がり、住宅価格が上がったら、サラリーマンは利根川を超えて住むしかなくなるじゃないか!」と発言したことがある。そのとたんに、同僚が一斉に私のほうを向いたことがあるし、車で出社したとき、車両係や警備員たちの間で「土浦ナンバーの車が止まっている。誰のだろう」と話題になり、私は一躍、警備員の間で人気者になった。


 この時代、帰路、遅くなりJR取手駅で降りて帰ったことがある。駅からタクシーで帰ればいいと思ったのだが、タクシー乗り場は行列ができている、そのとき、駅前で「守谷方面行く人いないか、あと1人」と叫んでいる人がいた。白タクだなぁ、と思って乗ってみたのだ。相乗りであり、途中、戸頭というところに寄ってから守谷に着く。料金はタクシーとほぼ同じ料金で全員がタクシー並みの料金を払うのである。郊外には夜11時過ぎになると、どこにでも出現しているようだ。


 それはともかく、ライドシェアを熱心に推進しているのは、河野太郎デジタル相を筆頭に岸田文雄首相、菅義偉元首相で、マイナ保険証を推進した人たちだ。ライドシェアはアメリカで広く行われているし、タクシードライバー不足を解消する方法であり、なによりDXである、ということのようだ。確かに、アメリカでは配車サービスを行なっているウーバーが有名だ。先日の朝日新聞でも『特派員メモ』欄は「米国出張の楽しみのひとつは配車サービス、ウーバーの運転手との会話だ……」という書き出しで始まり、ライドシェアを絶賛していた。


 むろん、ライドシェアに反対しているのはタクシー、ハイヤー業界だ。いわく、職が奪われる、安全面に問題がある、むしろ規制を緩和すべきだ、と主張している。


 さてどうなるのだろう。ライドシェアは規制改革推進会議で議論しているから、どのみち、認められるだろう。推進する河野大臣や菅元首相はともに神奈川県の選挙区出身だ。そのとき、アッと思い出したことがある。


 実は守谷市に住む前に川崎市の東急田園都市線の沿線に住んでいた。その頃、健保組合の家族健診で、家内は横浜の医大付属病院を選び、駅前に駐車するタクシーを呼び、東名高速で横浜の医大まで行ったことがある。医大に到着後、タクシー代を払うと、運転手は戻りの高速代を払えと要求したのだ。空車で帰る高速代まで負担した経験がないから、そんなバカなことがあるか、と拒否した。


 帰宅後、腹が立つので運輸省(現国土交通省)に電話して、都内以外では高速道路を利用した場合、タクシーの戻りの高速代を支払うことが認められているのか、問い合わせた。むろん、運輸省は「そんなことは認められていない」という。


 すると、その翌日、件のタクシー会社の人が紙袋を持って自宅を訪ねてきた。彼は謝りながら「指導を徹底します、今回は勘弁してください」というが、怒りは収まっていないし、間違ったことは許せない。菓子折り欲しさに受け入れるようなのは嫌だったから拒否し、帰ってもらった。


 そこまではいいのだが、その後が問題だった。数日後、タクシーを呼ぼうと電話したとき、住所と名前を言うと、とたんにタクシー会社は「今、空車がありません」というのだ。こんなことが数回、続いた。オレに対して嫌がらせをしているな、と気付いた。


 そこで、仕事上、しばしば使う都内のタクシー運転手にこの話をしたら、即座に「菓子折りを受け取らず、拒否すると、運輸省からの指示で規則に違反した運転手は数日間、乗務を禁止されるんですよ。当該車両も規則違反車として貼り紙をつけさせられる。その仕返しにタクシー会社と運転手仲間でお客さんからの配車依頼に嫌がらせの乗車拒否をするんです。お客さんが運輸省に文句を言っても、タクシー会社はそのとき、本当に空車がなかったんです、と平然と言訳できるし、運輸省も証拠がないからどうこうすることもできない。原因の大本は東急電鉄が駅構内のタクシーを1社に絞っているからです。たぶん1社に絞ることで、何かの見返りを得ているのでしょう。駅構内に複数の会社のタクシーが客待ちできるように、最低でも個人タクシーが入れるようにすれば、競争が生じて客に対する嫌がらせはなくなるんです」という話だった。


 河野大臣も菅元首相もご自身は日頃、タクシーを利用することはないのだろうが、神奈川県出身の国会議員として県内のタクシーのサービスの悪さを憂え、ライドシェアに熱心なのではなかろうか、という皮肉な気がした。


 もうひとつ、河野大臣の発想について異様に感じたことがある。マイナ保険証が騒ぎになっていたときである。BSフジテレビの夜8時の「プライムニュース」という番組でマイナ保険証の必要性を説いていた。マイナ保険証を推進する河野大臣は「ヨルダンに行ったとき、ヨルダン政府の説明では80万人も流入している難民に目の虹彩による識別で個人情報を把握している、という。向こうでは顔写真による認証が難しいので虹彩で区別して個人カードにするのだそうだ。難民全員にこのマイナカードをつくったおかげで難民に食料を公平に配布できるそうです。ですから日本でもマイナ保険証は必要です」と強調したのだ。


 これに対してキャスターの反町氏は「それはいい話だ」と感嘆していたのには驚いた、反町氏は産経新聞の政治部記者だった。私も電話取材したことがあるが、あまり印象が残っていない。アッと気付くような話が出なかったのだろう。名前は存じ上げている程度である。だが、ジャーナリストだったら「難民に対して個人カードをつくっているのですね。ヨルダンの国民にも同じような虹彩による個人識別カードをつくっているのですか?」と質問するだろうと思っていたのに、そんなことはなかった。これでは河野大臣に対するおべっかとしか見えない。


 国民と同じように個人カードを発行しているかどうかが、大事なのではなかろうか。もし国民に個人カードを発行していないなら、なぜ難民にだけカードを発行しているのか、という疑問が湧く。わかりやすく言えば、ヨルダンに流れ込んだ難民の中にはISのメンバーも流れ込んでいるかもしれない。少なくともその家族もいるはずだ。あるいは、タリバンやハマス、ヒズボラのメンバーやその家族がいるかもしれない。そういう人たちがヨルダンの地で何か事件を起こすかもしれないからこそ、ヨルダン政府にとっては難民の管理が重要なのではなかろうか。問題行動を起こさせないために難民を管理するために個人カードをつくっているのであって、難民に食料を公平に配布するためにカードをつくっているわけではない。個人管理の結果、食糧が公平に配布されたにすぎない。河野大臣の話は食料を公平に配布されたことだけを取り上げて個人カードが必要だ、というのは論理のすり替えである。


 それはともかく、ライドシェアが盛んなのはアメリカで、ドイツやフランスではライドシェアがない。ヨーロッパでもイタリアのローマでは、ライドシェア、いや、メーターの着いた白タクがいる。旅行会社からイタリアではタクシー乗り場以外では声を掛けられても、こうした白タクには乗らないように、と言われたことがある。だが、実際には正規のタクシーがいなくなると、白タクがタクシー乗り場に堂々と並んでいる。


 アメリカ系の大手チェーンホテルに宿泊したとき、フロントで聞くと、正規のタクシーでも運転手によって料金が異なることが多いと聞いた。騙されないようにするには、乗車する前に、どこそこまでいくらか、と聞いたうえで、実際にはメーターより少し高い金額を言うが、納得できたら乗車するとよい、と教えられた。さすが、イタリアらしいと思った。


 もうおわかりだろうと思うが、タクシーが安全な国ではライドシェアがないのだ。言うまでもなく、日本のタクシーは地理に明るいし、安全だ。忘れ物をしても預かってくれる。大阪のタクシーではおしぼりまで出すタクシーもある。


 九州では、ある暴力団組長を取材後、タクシーに乗っていると、運転手に電話が入った。運転手はちょっと電話させてください、と言い、電話していた。何の電話かね、と聞くと、会社から「お客さんをどこで降ろしたか、と聞いたので、まだ乗車中です、と答えた」という。これは、と思ったので、博多駅近くで降りて予約したホテルまで歩いたのだが、案の定、夜中に組長から電話が来た。これほど日本のタクシーは親切で正直だ。


 しかし、アメリカのタクシーはこうはいかない。経験したことはないが、突然、運転手から銃を突きつけられてカネを巻き上げられることさえあるという。タクシーは個室になるから危ないという意識が必要らしい。だからこそ、友人関係で乗れるライドシェアが必要なのだ。ドイツやフランスではタクシーは安全だからライドシェアの必要性がないのだ。社会の問題でDXでも何でもない。要はタクシーが安全な国ならライドシェアは不要だということである。河野大臣も、岸田首相も肝心なことを忘れているとしか思えない。


 タクシー運転手が不足なら、どうすればいいかを考えることだ。タクシーは朝の通勤時と夕方、さらに夜間は忙しい、稼ぎ時だ。だが、それ以外の昼間は客がいなくて困っている。タクシーの溜まり場のようになっているところには数台のタクシーが留まり、昼寝をしたりしている。いわば、時間によって忙しさが極端に差のある職業なのである。この状況は都心も地方も変わらないだろう。


 問題はタクシーが必要な時に足りない、ということなのだ。根本の問題は少子化であり、人口減である。が、30年前以上にわたり少子化対策をしなかったのは誰なのか、どこの党なのか、今さら言っても始まらないが、ここまできた以上、タクシー不足をどうしたらよいか考えてもいい。


 しかし、だからライドシェアを導入していい、ということにはならない。人口が減少している以上、ライドシェアを導入しても、さらに人口減が進んだらタクシーを利用するのか、それともライドシェアを利用するのだろうか。有り体にいえば、ライドシェアは一時的なタクシー不足の穴埋めになりそうな気がする。タクシー不足が解消すれば、不要な存在になりそうだ。


 政府にとってライドシェアは個人事業だから自然に淘汰されても、いや、いなくなっても構わないだろう。使い捨てにされるということなのかもしれない。アメリカで盛んだから、という理由だけで物事を見てはいけない。ヨーロッパでは、タクシー不足を解消するにはどうしたらいいのか、ライドシェアはDXだからよいのか、タクシー業界が言うようにタクシーへの規制が無用なところで厳し過ぎないのか、規制の緩和が必要なのか、広い視野で見ることだろう。


 どうも河野太郎氏はひとつの話だけを誇張して主張するところが多い。たびたび週刊誌で河野氏が批判の対象にされたり、自民党内で同調する人が意外に少ないのも、河野氏独自の論理のすり替えや飛躍があり過ぎるからだろう。河野氏に限ったことではないが、政治家の話には注意して聞く必要がある。(常)