サブタイトルの〈あなたの体の謎に迫る知的冒険〉に惹かれて手に取った『すばらしい医学』。いろいろな読み方ができる1冊だが、2章以降を医療技術や薬を開発した「人」にフォーカスしながら読んでいくと、いくつかの発見があった。


 ひとつは、医療人の名前やそれにちなんでつけられた名称が、今では医療用語のように使われているものが結構あること。


「レントゲン」は有名どころだが、まだまだある。


 本書から一部を紹介すると、例えば食塩水にカリウムとカルシウムを加えた輸液製剤の「リンゲル液」。医療現場ではごく一般的に使われている製剤だが、開発した英医師の名前、シドニー・リンガーに由来する(余談ながら、弟の貿易商フレデリック・リンガーは長崎ちゃんぽんの「リンガーハット」の名称の由来になっているとか)。


 誰もが知っている洗口液「リステリン」は当初手術用の消毒薬として開発されているが、石灰酸(フェノール)による消毒法を開発した英外科医ジョセフ・リスターの名前に由来する(リステリンの開発には関わっていないが、本人が使用許諾をしている)。


 もうひとつ気がついたのが、医療界で複数の画期的な発明・開発をしている人物が少なくないこと。狂犬病などのワクチンを開発したパスツールは広く知られるところだが(「酵母の作用の発見」「低温殺菌法」などでお酒業界にも大きな貢献をしている)、本書にもこうした天才が登場する。


 例えば、ペニシリンで知られるアレクサンダー・フレミングは、抗菌作用を持ち食品添加物などに使われる「リゾチーム」も発見している。ナポレオン時代の軍医、ドミニク・ジャン・ラレーは優先度の高い患者から治療していく「トリアージ」(コロナ禍で一般にも知られるようになった言葉だ)と「救急車」(馬車)を発明している。この救急車は〈負傷者が快適に移動できるよう、強力なパッドとサスペンションを装備〉していたというから驚きだ。


 日本人にも複数の画期的な発明・開発に携わった人物がいる。タカジアスターゼ、アドレナリンと現代医療も使われる物質を複数生み出した旧三共(現第一三共)の初代社長・高峰譲吉だ。旧東京人造肥料会社(現日産化学)のほか数々の事業を起こすなど、〈化学を次々と実用に生かして事業化し、化学の力でこの国を変えてきた〉多才な人物だった。


■局所麻酔の開発で薬物中毒に


 現代的な制度が整備される以前、画期的な医療の過程では、今の基準や倫理観では問題視されそうな人体実験を行ったケースもあるが、自分や近しい人の体を「実験台」にした人もいる。


 日本では世界初の全身麻酔による手術を行った華岡青洲が有名だが(実母や妻が実験台になったとされる)、海外にも同様の事例はあった。本書に登場する米外科医のウィリアム・スチュワート・ハルステッドは口腔内の手術に用いる局所麻酔法(神経ブロック)の開発に際して、コカインを使った実験を医学生とお互いが被験者になる形で進めた結果、〈薬物依存症に苦しみ、二度も精神科に入院〉することになったという。


 特定の人物ではないが、「医師の広告利用」も古くからあったようだ。1950年代に喫煙のリスクが権威ある医学雑誌に掲載された頃、たばこ業界は〈医師をたばこのCMに登場させ、安全性を主張し、消費者に不安や恐怖を与えないよう、あの手この手を使って研究結果を巧みに否定しようとした〉とか。


 現代はたばこのCMで同様の仕掛けはできないが、健康食品・器具や怪しげな医療で、医師への信頼感を利用したコンテンツを見かけることがある。


 本書に登場する歴史は、どの項目も現代医療とつながっていて、「医療教養」を身につけるのに格好の書籍だ……、と大きく構えずとも、うんちく満載で、医療に興味を持つ人なら誰もが愉しめる1冊である。(鎌)


<書籍データ>

すばらしい医学

山本健人著(ダイヤモンド社 1870円)