サラリーマン川柳で、21世紀に残したい秀句10句を選んだことがあった。断トツで1位になったのが、次の句である。


プロポーズ あの日に戻って ことわりたい


 夫婦間の愛情の機微に触れたものに、秀句が多いように思われる。


ライバルに 譲りゃよかった 今の妻

わが女房 昔モナリザ 今ムンク 


カミさんと 援助交際 30年 


倦怠期 妻という字が 毒に見え


 微笑、苦笑、爆笑。受け取る側の置かれている状態によって、笑いの質も変わってくる。

 某製薬会社の花粉症に関する川柳で、大賞に輝いた一句である。


別嬪(べっぴん)が 素っ嬪になる 花粉症


 高齢者限定(?)のシルバー川柳も盛んである。


「こんにちは」 孫来て諭吉が 「さようなら」 


万歩計 半分以上 探しもの 


誕生日 ローソク吹いて 立ちくらみ 


お若いと 「お」の字がつけば 若くない 


おっぱいは 昔も今も 好きですよ 


「はつこい」の はつははつでも 大三元 


目には蚊を 耳には蝉を 飼っている 


なれ初めを 初めて聞いた 通夜の晩 


 五木寛之氏の「大河の一滴」の中に、次のような話が載っている。


 90余歳の女性が息を引き取った。枕もとに集まっていた男女数人の子供たちが、いっせいに嗚咽(おえつ)を洩らした。中の一人がハッと気がついて、唇をしめらす綿はどこにあるのか、とつぶやいた。箪笥(たんす)の三番目の引き出しの左側にある、との声が聞こえた。愁嘆場(しゅうたんば)がおさまってから、さっきの綿のありかを教えてくれたのは誰か、ということになったら、子供たちは全員自分ではないといった。とすると、亡くなったお母さんしかいないことになる。医師が臨終を告げても、最後まで機能しているのが耳である。やたらなことはいえないのである。爪も髪の毛も死後、伸びている。


 江戸時代にできた落語の小噺(こばなし)に、「手遅れ医者」がある。


「先生、大変だ大変だ、この野郎を診てやってくだせえ」


「どれどれ、大層(たいそう)顔色が悪いな、ああ残念だが手遅れだな」


「そんなバカな。こいつはたった今、屋根から落っこったばかりなんだ。そいつを運んできたんでっせ・・・」


「なに、今落ちた? ああそうか、それでも手遅れだ。屋根から落ちる前に連れていらっしゃい」


 どんな病人がきても、最初に「手遅れだな」といっておくのが、医業のコツだといわれていた。病状が悪化しても、本人も家族もあきらめがつく。万一、病気が治りでもしたら、「あの先生は名医だ」ということになる。こんな川柳が詠まれている。


藪医者は 一人生かすと 二人死に 


医者殿は 辞世をほめて 立たれけり


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松井 寿一(まつい じゅいち) 

 1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。医療ジャーナリスト。イナホ代表取締役。薬業時報社(現じほう)の記者として国会、厚生省や製薬企業などを幅広く取材。同社編集局長を経て1988年に退社。翌年、イナホを設立し、フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演などを行なうかたわら、TBSラジオ「松チャンの健康歳時記」のパーソナリティを4年間つとめるなど番組にも多数出演。日常生活における笑いの重要性を説いている。著書に「薬の社会誌」(丸善ライブラリー)、「薬の文化誌」(同)などがある。