今週のニューズウィーク日本版は、歴史学者マイケル・イグナティエフ氏の『私たちは民主主義を救えるか』という論考を掲載、来年の米国大統領選の結果次第では、国際秩序は「ルールなき世界」に突入し、アナーキーな時期が続くと警告を発している。氏によれば、戦後の国際秩序は国連憲章と世界人権宣言、そしてジュネーブ条約で大枠が定められ、現実には幾度となく違反行為が見られたが、少なくともこの枠組みが大国の「無謀な暴走を止めるブレーキの役割」を果たしてきたという。


 その彼が最大の危機と捉えるのが、ウクライナやパレスチナの状況だ。「ならず者国家」ロシアに歯止めが利かなくなり、ブラジルなど「グローバルサウス」の国々は、冷淡に傍観者を決め込んでしまっている。そんな状況下、国際秩序の崩壊を意に介さないトランプが大統領に返り咲けば、大変な事態になるというのである。私も概ね同意するのだが、どうしても気になるのは、この筆者がいかにも「米国の知識人」らしく、パレスチナ問題で「ガザ地区の外側で虐殺されたイスラエル人」の悲劇にしか言及しないことだ。国際秩序が今、危機に瀕するのは、ガザ問題で米国のダブルスタンダードが世界に広く認識されたことも大きな原因だと私は感じている。つまり、筆者が想像する以上に、世界の危機は深刻だということだ。


 日本国内に目を向けても、このところ人々の価値観は大きな転換期に差しかかったように見える。具体的に言えば、統一教会やジャニーズ、最近では宝塚、大企業の不祥事ではビッグモーターやダイハツのケースなど、以前なら一部の告発者や「ペンの力」では太刀打ちできなかった大樹のような存在が、スキャンダルの暴露で一斉砲火を浴び、存立が危ぶまれる事態にまでになっている。ほんの何年か前までは、強者への忖度や沈黙に覆われていたこの国の社会のあちこちで、弱者の告発や反撃が「権威」を揺るがすまでになってきたのである。


 最近のパーティー券・裏金スキャンダルにも、似たことを感じる。与党の政治家に裏金が付きまとう印象は、昔から何となく誰もが抱いてきたものだったし、たとえば4年前の広島・河合夫妻の選挙違反事件でも、自民党ライバル候補の10倍、1億5000万円もの党費投入が明らかになったのに、そのカネの「出所」はさほど問題視されなかった。選挙となれば、どこからか「そういったカネ」が捻出されるものなのだろうと。ところが今回、そういった「諦観の声」は聞かれない。街頭取材でも人々はストレートに怒りを語っている。有力な野党は見当たらず、自民党を選挙で負けさせても、「よりましな政権」が生まれる保証はない。それでも多くの国民は暗闇の中にいながらも、現状を変えようとし始めているように見える。


 ジャーナリスト鮫島浩氏はサンデー毎日に『裏金問題 安倍派壊滅で自民党はこうして壊滅する』という記事を寄稿、今後の政局のさまざまなパターンを占っている。それによれば来年の自民党総裁選は、最大派閥・安倍派の失速により「主流3派」(麻生・茂木・岸田)率いる麻生太郎氏と、国民的人気のある政治家「小石河」の3人(小泉進次郎、石破茂、河野太郎)と近しく二階派と連携する菅儀偉氏の「2人のキングメーカー」の最終決戦になるという。麻生氏サイドでは茂木敏充幹事長の擁立が有力だが、パーティー券事件のあおりが安倍派に留まらず自民全体に向けられれば、いかにも「派閥政治的なイメージ」で見られるリスクがある。菅氏が推す石破茂氏には、無派閥の利点があるのだが、安倍派とともに捜査されている二階派の存在がネックになる。


 鮫島氏はこのほか両者の間隙を縫い、高市早苗氏が第三極として「台風の目」になる可能性も指摘する。ともあれ岸田首相は、来春の予算成立後に退陣を余儀なくされ、岸田派の「顔」は林芳正氏に移行、そのうえで上記のバトルになると見ているが、果たしてこの「首相すげ替え」で政権は難をしのげるのか、それとも自民党そのものが崩壊の危機に瀕するのか。今後の展開はまったくの五里霧中だ。来年は世界秩序のあり方もその中の日本も、かつてない激変に見舞われるのかもしれない。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。