昨年末、『週刊文春』年末年始合併号が報じたお笑い界の大物・松本人志氏の性的加害疑惑は、その後正月休みを経て今週号の続報「松本人志 SEX上納システム 3人の女性が新証言」でさらに波紋を広げている。氏が所属する吉本興業は第1報の直後、「法的対応を検討する」と強気の対決姿勢を見せたのだが、当の松本氏は依然、公的なコメントを出さないまま。ただこの間、氏はⅩ(旧ツイッター)に軽率な4つの書き込みをしてこれが墓穴を掘り、形成は一気に不利に傾いている。
なかでも致命的だったのは、1月5日の書き込みだ。『週刊女性PRIME』が報じた「被害女性」のものとされるメールを引用し、「とうとう出たね…」とつぶやいたのである。一流ホテルスイートでの「疑惑の飲み会」をセットした芸人・スピードワゴン小沢一敬氏への当該女性からの「お礼メッセージ」。「性加害を受けた被害者がこんなメッセージを送るはずがない」という反証になると思ったのだろう。
しかし、事件当時この女性は「芸能人の卵」であり、片や松本氏は押しも押されもせぬ芸能界の超大物だ。文春は続報の文中で、このような力関係の下、性加害の被害者でも事後的に「おもねるような言動」をとることはままあること、という性犯罪に詳しい弁護士の談話を載せている。そしてこのⅩは、そういった論点とは別に、重大な意味合いを持っている。
吉本興業は文春の第1報を「事実無根」と即座に全否定、松本氏自身もⅩで「事実無根」という言葉を使うのだが、上記のメール引用で少なくとも女性が証言した「ホテルでの飲み会」は実際にあった出来事だと事実上認めてしまったのだ。12日配信の『東スポWEB』記事によれば、同日放送の関西のテレビ番組で、とある芸能レポーターの出演者が吉本から取材した話として、「飲み会自体は存在した。そういう行為(性的行為)も存在した。しかしそれは(文春が報じるような)強要したものでなく(女性との)同意があった」という線で、文春報道と戦っていく方針だと説明したらしい。
すでに松本氏は、吉本を通じ「裁判に注力するため」芸能活動を休止することを表明しているが、『朝日新聞』によれば、この裁判はあくまで松本氏個人が起こすものであり、吉本は「側面支援」をするに留まるという。吉本・松本氏サイドの「防衛ライン」がじりじりと下がってきたことを感じざるを得ない。
結局のところ、後輩芸人が高級ホテルスイートでの「飲み会」をセット、女性たちはそこに来る「VIP」の名を伏せられたまま集められ、飲み会の後半に松本氏や他の男性参加者と順繰りに各室で「二人きり」にさせられて性的関係を迫られる――。そんな段取りの「飲み会」が少なくとも東京と福岡、大阪で催されたという文春記事の枠組みは、概ね認めたと言っていいのだろう。
ちなみに、文春の2本の記事に登場する別々の飲み会の参加女性5人のうち、「二人きりの時間」に松本氏の要求を拒み切れず性交を受け入れたのは1人、2人は寝室に入ることを拒否、2人は口や手での「処理」を強いられたと語っている。
このように状況が絞られてくると、証言者一人ひとりとの性的関係が「強要」か「合意」かにかかわらず、このような「飲み会」そのものの異様さに、少なからぬ人が嫌悪を抱くはずだ。初報の記事に登場した女性は「被害者がこれ以上増えてはならない」という思いで証言したと言い、他の4人も記事上では松本氏からの謝罪や補償、あるいは氏への刑事罰、社会的制裁を求める言葉は口にしていない。にもかかわらず、氏を擁護する一部の著名人は「文春でなく警察に訴えるべきだった」という論法で女性たちをなじっている。
刑法犯として高いハードルを越え処罰を求めるか、さもなければ一切を口外せず墓場まで持ってゆくか、そんな二者択一しかないような批判は無茶苦茶である。それにしても、松本氏はここまで追い込まれて法廷でいったい何を問うのだろう。仮にもし「それほど嫌がっていない女性もいた」という判決を「勝ち取った」としても、失われた名誉を取り戻せるようには到底思えない。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。