先週、独自ネタを満載した週刊文春の力量を称えたが、今週は一転して大きく落胆させられてしまった。官邸の圧力を受け、テレ朝「報道ステーション」のコメンテーターを解任された、と番組中に暴露した元官僚・古賀茂明氏の問題である。発売日の関係で、週刊現代とポストはこの問題をカバーできず、文春と新潮が正反対の取り上げ方をした。


 この問題ではネットでも賛否両論が飛び交い、批判的な論者は、古賀氏が個人的な恨みごとを公共の電波で晴らした、と叩いている。だが、実際に番組を見た限りでは、氏は自身への処遇の不満を訴えてはいない。心中はどうあれ、発言のうえでは、きっちりと“公憤”を語っていた。


 この問題を考えるうえで、少なくともジャーナリストなら、絶対に見落としてはならない論点がある。「菅官房長官や官邸からの圧力があった」「それを受け、テレビ局が出演者を解任した」という2つのポイントだ。


 これが事実なら、コメンテーターとして氏の適性にどれほど問題があろうとも、絶対に看過できない“事件”である。報道機関への権力の介入、あるいは、権力に萎縮したメディアの自滅を意味しているからだ。にもかかわらず、肝心要のその点をウヤムヤにした論評があまりにも目立つ。


 漏れ伝えられている情報によれば、「圧力」や「介入」とまで言えるものだったかは微妙だが、官房長官はオフレコ発言等を通じて古賀氏らを批判していたらしい。それを受け、情けなくもテレビ局のサイドは“問題の人”を切り捨ててしまった。


 実際、週刊現代や一部ニュースサイトでは、以前からこの動きが報じられていた。ターゲットにされたのは古賀氏ひとりではない。やはり報道ステーションのコメンテーターだった惠村順一郎・朝日新聞論説委員と、この番組の女性プロデューサー、さらにはNHKにおいても「ニュースウォッチ9」の大越健介キャスターが官邸に睨まれ、解任される情報が早くから出回り、事実その通りの人事が行われたのである。


 NHKの会長は安倍首相の“盟友”籾井勝人氏であり、テレ朝では番組審査委員長を務めている見城徹・幻冬舎社長が古賀氏らの番組発言を激しく非難していたという。見城氏も安倍首相と近しい人物として知られる。


 いずれにせよ、権力と報道機関のこうした関係で、政府から“不都合な出演者”と見なされた面々が番組を去った経緯は、掘り下げて伝えられるべきテーマだが、近年のテレビ局や新聞社にそれを期待することは、もはや無理だろう。それほどまで、この国の報道は弱体化してしまった。


 各社の政治部記者たちは間違いなく、裏事情に通じている。メディアへの圧力は記者たちへのオフレコ発言という形でしばしば行われるからだ。にもかかわらず、会社ごとコントロールされてしまっている記者たちはその事実を暴くことができない。


 このような事態に、ひと昔前の週刊誌であれば、「オフレコメモ暴露」というゲリラ戦術を取ったことだろう。とくに取材力のある週刊文春お得意の手法であり、今回もその役割が期待されていた。


 にもかかわらず、今週の文春に掲載されたのは、正反対のものだった。官邸サイドがまき散らす古賀氏への悪口雑言を書き連ねた特集。この号に収められた沖縄問題の記事もまた、官邸の言い分に丸乗りした翁長雄志知事への一方的バッシングだった。


 政権と近しい現編集長の意向によるものだが、戦後、例を見ない勢いでメディアコントロールを図る政権を批判するどころか、その先兵となって“異論封じ”に狂奔する姿には、ため息が出る。むしろ過去、文春以上に右寄りに思われていた新潮のほうが、ここに来てバランス感覚を見せている。


 古賀氏の思想的スタンスは、新潮にとっても相容れないはずだが、それでもなお、政権の姿勢をより問題視して、『大メディアを鷲掴み「安倍官邸」剛柔のカギ爪』という記事で今回の事件を批判している。


 新潮は月刊誌『新潮45』でも、少しずつスタンスを変えつつある。保守は保守でも、いわゆるネトウヨ的な粗雑な議論は極力排除して、質の高い論稿を載せようとする傾向が見られるのだ。片や、新潮よりも中道路線だった文春は、ここに来て、官邸と一体化してしまったかのような誌面展開をしている。筆者の知る文春社員には、バランス感覚に秀でた編集者が多いだけに、最近の暴走ぶりには落胆を禁じ得ない。  


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町:フクシマ曝心地の「心の声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。