松本人志氏をめぐる騒動や自民党の混乱が各誌で報じられるなか、今週は『週刊新潮』の「『クルド人』急増地帯『川口市』が直面する“多文化共生”の実情」という記事に目が留まった。埼玉県川口市に集住するクルド人たちと地元住民とにトラブルが頻発し問題になっている――。ネット上で以前から時折目にしていた情報だが、あいにく当方は川口に土地勘がなく、どの程度事実に基づいた話なのか、これまで見当がつかずにいた。


 日本に住む外国人に関しては、差別や人権の問題を重視する左派・リベラルの人々と、治安への不安要素として認識する右派の人々で、見方が真っ二つに分かれている。私はと言えば、基本的スタンスは前者に近いのだが、その根本には過去100年余、新大陸に渡った日本からの移民、その歴史に興味を持ち、南米日系社会での生活も実際に体験した知識の蓄積がある。外から日本に「流入する移民」にも同じような尺度の観察眼を持ち、人権問題等の側面に特化することもなく、フラットに現象を見つめてきた自負がある。


 明治から大正にかけアメリカ西海岸に移住した日本人移民には、メキシコからの密入国ルートがポピュラーな「玄関口」のひとつだったこと、南米ボリビアへの戦前移民はほぼ全員がペルーからの「不法越境者」だったこと(現在の日系アメリカ人、日系ボリビア人の始祖のうち、一定数はこうした人だった)、18~19世紀のそういった歴史を鑑みると、移民労働者一般の中に含まれるいわゆる不法在留者を、盗みや暴力に関わった刑法犯と一緒くたに「犯罪者呼ばわり」することにはどうしても抵抗がある。未成年で飲酒・喫煙を経験した人や違法駐車をしたドライバーと同様に、法令の違反者ではあっても「犯罪者」とは呼びにくく感じるのだ。


 時代はもはや移り変わり、現代の各国家が出入国コントロールを厳格化する現実は理解するし、何よりも新旧住民の摩擦や対立は回避すべきだとも思っている。そんな観点から十数年前、来日ブラジル人の子弟が各地に不良グループをつくり、盗みや喧嘩などの事件・トラブルが急増した時期には、その背景を深く取材した経験もある。


 しかし、前述したような「右派vs.左派」の対立軸でのみこの問題を語りがちな人々には、往々にして事実より観念論が先行する。ネット上で「川口市のクルド人問題」に警鐘を鳴らすのは、もっぱら右派・保守系の発信者だ。飛び交う言辞には、あからさまに差別的な言葉もある。それでも興味深いのは、この川口のケースに関しては、たとえば自民党参議院議員の和田政宗氏や早稲田大学の有馬哲夫教授など著名な「右派論客」であっても、過度なクルド人攻撃を「ヘイトデマ」と非難する人がいて、保守層内部にも意見の違いが見て取れることだ。


 今回の新潮記事を書いたのは、西牟田靖氏というジャーナリスト。調べるとこの人物、名古屋入管で適切な医療を受けられず衰弱死したスリランカ女性・ウィシュマさんの問題で、あたかも彼女の自己責任だったかのような国会質問をし、所属政党「日本維新の会」が謝罪するハメになった梅村みずほ参議院議員の件について、彼女を擁護する論陣を張っていた。つまり「反人権」の思想傾向がうかがわれる人であり、彼が新潮記事に書いた「川口クルド人の傍若無人ぶり」に関しても、彼が主張する問題の深刻さを額面通り受け止めることには少なからずリスクがありそうだ。とは言っても、記事で取り上げたクルド人同士の暴力沙汰や現地住民とのトラブル等、個別エピソードそれぞれは、実際に彼が取材したことなのだろう。


 個人的にこれを読んで収穫だったのは、現地クルド人不良グループには日本育ちの2世(子供時代に来日した若者)が多いという記述箇所だ。古くは1980年代に誕生した中国残留孤児2世のマフィア「怒羅権」もそう、前述した来日ブラジル人子弟の不良グループもそうだったが、日本の学校教育についていけず不良化してしまうのは「14歳前後」の来日少年が多いと言われている。もっと年少なら自然と日本の子ども集団に溶け込むし、10代後半になっていれば、少なくとも出身国の言語でなら、ある程度大人びた判断力を持つようになっている。


 どちらの言語も中途半端なまま、教育の谷間に落ち込んでしまう来日世代にこそアウトロー化する危険性がある、ということがクルド人にも言えるのなら、日本の国や自治体は、さまざまな国からの来日者で、とくにこの層へのケアを心掛け、治安悪化の芽を早期に摘むことができるかもしれない。そんなことをふと思ったのだった。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。