いつの時代も「不老長寿」を願う人たちは少なからずいて、七福神の寿老人などが昔から信仰の対象になっていたりもする。近年の医療技術の進歩は著しい。「死なない」ではなくとも、どこまで寿命を延ばしたり、老化を遅らせたりする医療が進化しているのだろうか? その疑問に答えてくれるのが『老化は治療できるか』である。ノンフィクション作家の著者が、各分野の専門家への取材をもとに、アンチエイジング研究の最前線を追った1冊だ。
昨今の高齢者向けの美容外科やサプリの隆盛を見れば、アンチエイジング関連の医療に一定のニーズがありそうなのは予想できたが、本書には想像をはるかに凌駕する研究の数々が登場する。
染色体の末端部分についている「テロメア」を長くする(老化すると短くなる)、老化細胞の生存と関係している酵素「GLS1」(グルタミナーゼ1)を阻害する、加齢によって減るNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)とよばれる物質を増やす……。詳細は本書を参照していただきたいが、さまざまなアプローチで老化を防ぐ研究が実施されている。
新たなプレーヤーも続々参入しており、〈今、老化制御ビジネスが世界中で高い注目を集めている〉のだ。
きちんと効果が証明されるなら、試してみたい人が大半だろう。しかし、「彼方立てれば此方が立たぬ」ではないが、<細胞の老化を無理やり止めることは、がんのリスクを高めることになる><老化細胞を除去することによって、場合によっては寿命が縮んでしまう>といったリスクも専門家から指摘されている。アンチエイジングに限った話ではないが、安全性も併せての検証となる。
■年齢を重ねるほどに幸福感が減少か?
課題として大きいのは脳の老化の問題だ。
レマネカブや本書に登場する光認知症療法など新世代の治療法も登場しているが、脳にはまだまだ未解明の部分が多い。慶應義塾大学の加瀬義高特任講師によれば、<新しいニューロンを作るという意味での介入を脳に行うことは、人の記憶の連続性を失わせてしまう可能性もあります>という。体の健康問題が解決しても、脳の健康が維持できなければ長生きの満足度はそれほど上昇しない。
110歳に到達した人をスーパーセンチナリアンと呼ぶが(2020年の国勢調査でわずか141人)、岡野栄之・慶応義塾大学教授らが行った研究では、〈スーパーセンチナリアンの脳の状態と関連するエピジェネティックス(注:遺伝子の働きをコントロールする能力)を調べたところ、80歳とほぼ同様だった〉という結果が得られている。
以前、スーパーセンチナリアンの高齢者にインタビューをしたことがあるが、やや難聴気味なことを除けば、まさに80歳くらいの人と話している印象だった。
何が違うのか? 110歳以上の人には、アルツハイマー病のリスクと関係しているAPOE4が極めて少ないなどの特徴はわかっているようだが、その全貌に迫ってほしいところである。何らかの治療や対策が出てくる可能性はある。
さて、本書を読むまでまったく想像してこなかったのが、医療技術が進化して、ヒトの最長寿命とみられる120歳前後まで多くの人が生きられるようになった社会だ。
〈寿命を延ばせば、世代交代のサイクルが遅くなるためどんどん子どもを産まなくなってくる〉〈新規情報技術への適応力が衰える高齢者にとって、産業が情報技術を中心に回る現代・未来社会は、年齢を重ねるほどに幸福感が減少していく社会になる〉。すでに始まっているとも言えるが、こうした問題もより深刻化するはずだ。
今でも大半が高齢者と感じるエリアはあるものの、それでもせいぜい70~80歳の人たちだ。アンチエイジング医療の進歩により、120歳前後まで人々が生きるようになれば、110~115歳頃までは普通に街中で買い物をしたり、外食に行っていることだろう。
そんな社会では、50歳を過ぎても会社では「若手」と呼ばれたりするのだろうか? 年金が100歳から支給開始とか、想像するだけで気が遠くなった。(鎌)
<書籍データ>
河合香織著(文春新書990円)