2時間睡眠、3時間睡眠で猛烈に働いていた20代、30代の頃はいつも疲れていた。しかし、一晩ぐっすり寝れば、再び活力が出てきたものだ。だが、40代になって以降、別の疲労感に襲われるようになった。すぐには疲れが抜けきらないのだ。
何が違うのか? その疑問を解決するために手に取ったのが、『疲労とはなにか』。
本書では、疲労と疲労感(いわゆるエナジードリンクがターゲットにしているのはコレだ)の違い、健康的な疲労(生理的疲労:冒頭の1日休んだら回復するような疲労)と病的な疲労(長期にわたって続く、回復しない疲労)の違いを解説したうえで、さまざまな疲労のメカニズムを解説している。
〈疲れるとヘルペスが出る〉〈エナジードリンクを飲みすぎた人が心不全によって突然死する〉〈軽い運動をすると生理的疲労が回復する〉といったあたりは身近な関心事だろう。
これまで、好きな仕事や趣味に夢中になって、疲れを忘れて続けた経験はないだろうか? これも度が過ぎると危険だ。専門的には、〈疲労感がマスクされる〉という状態で、過労死につながることもあるという。ベンチャー社長型過労死もここに含まれる。
疲労回復効果があるとみられる栄養成分はいくつかあるが、古くは森鴎外VS.高木兼寛の脚気論争でも知られるように、日本人に不足しがちなのがビタミンB1だ。
自分の疲労の場合もビタミンB1不足が疑わしい。最近は肉を食べる量がめっきり減ったし、麦は食べてもごくわずか、玄米はめったに食べない。麦からできているビールはたまに飲んでいるが、酒はビタミンB1を消費する。ビールの効果は期待薄かもしれない。今さらながら「アリナミン」注入か。
第2章からはより深刻な病的疲労について解説している。
疲労感が持続し、微熱や頭痛、関節痛ほか、さまざまな症状が出る慢性疲労症候群については、ウイルスが原因となっている可能性が高いようだが、まだ原因ウイルスは特定できていないようだ。意外感があったのは、ヨーロッパの患者から〈慢性疲労症候群ではなく、「筋痛性脳脊髄炎」(myalgic encephalomyelitis)と呼んでほしいという要望〉が出たこと。
「お疲れさま」という挨拶に代表されるように、日本語の疲労や疲れという言葉には極端にネガティブな意味はないが、〈欧米人は疲労(fatigue)という言葉に悪い印象を持っています〉という。
疲労感は、うつ病の3大症状のひとつとされるが、米国精神医学会の診断基準であるDSM-5では、疲労感が消えてしまったのも、同様の理由だろうか?
欧米人の疲労に対するネガティブな印象が影響しているためか、世界の疲労研究は遅れていて、〈日本が世界で最も進んでいる〉という。「ドラッグラグ」「ドラッグロス」と、日ごろ日本の医療は世界標準から遅れているような印象を植え付けられているが、相対的な話であるにしても疲労をめぐる医療は逆の状態になっている。
■コロナ後遺症にアリセプトは効くか?
前述のとおり、疲労感はうつ病の代表的な症状だ。第3章では、著者らによるうつ病の原因遺伝子「SITH-1」の発見にいたるまでの経緯やその影響が詳しく書かれている。近い将来、新しいうつ病の治療法が生まれることに期待したい。
近々の話題として注目されるが、第4章の新型コロナ後遺症だろう。日本でも300万人(2023年8月時点)というから相当な数だ。〈新型コロナ後遺症の症状である倦怠感、うつ症状は、脳内の炎症が原因〉と考えられるが、その原因は神経伝達物質のアセチルコリンの不足だという。
本稿の読者ならピンと来たと思うが、アセチルコリンを増やす薬はすでにある。もはや古い世代の薬となってしまった認知症治療薬の「ドネペジル」(製品名アリセプト)だ。すでに治験が始まっており、その結果が期待されている。いわゆるドラッグリポジショニング(既存薬の転用)に当たるため、安全性は確認済み。かつての大型薬だけに、治験の行方が気になるところである。
将来的に、さまざまなメカニズムの解明で疲労感や疲労そのものを抑制することは可能になるのであろうか? 著者は〈生体に備わったアラームは安易に抑制してはいけないということであり、「疲労」そのものを抑制することも危険である〉としている。元も子もないような答えだが、発症のメカニズムを理解して、〈うまくつきあっていくのが正解〉なのだろう。
さて、サブタイトルに〈すべてはウイルスが知っていた〉とあるように、本書でウイルスは〈裏テーマ〉というか、ミステリーの伏線のようなもので、最終的にはきちんと「伏線回収」されて終わる。本書には、いつものブルーバックスとは違う読後感があった。(鎌)
<書籍データ>
『疲労とはなにか』
近藤一博著(講談社1100円)