ダウンタウン松本人志氏をめぐる問題で、ネットでは相変わらず世論が真っ二つだ。氏が当初「事実無根」とした『週刊文春』の記事のうち、後輩芸人が各地で繰り返し一般女性を集め「性的なゲームのある飲み会」で松本氏をアテンドしてきたことは「おそらくほぼ事実」、氏と文春との法廷闘争のポイントは、その場での性的関係に「強要」があったのか否かという点にあると理解されてきているが、一方で「松本氏擁護派」の言い分はここに来て、記事そのものの内容から離れ、「有名人のプライバシーをいい加減な取材で暴き、当人を不幸に陥れる週刊誌報道の下劣さ」という一般論によって文春を叩く流れにシフトしつつある。


 これに対し、元文春編集長の木俣正剛氏は15日、『ダイアモンド・オンライン』のウェブ記事で「『松本人志論争は間違いだらけ』元文春編集長が明かす、週刊誌の実情と言い分」というタイトルの反論を書いている。名誉棄損による賠償額は数百万。スキャンダル報道で億単位を売り上げる週刊誌にしてみれば微々たるものであり、だからこそ週刊誌はウソ交じりの報道をやめない――。


 元宮崎県知事の東国原英夫氏らが主張するこうした論評への反論で、たとえば今回のキャンペーンの1発目「45万部完売」という売り上げも諸経費を差し引いた利益は2000万円程度、通常の号では赤字になるケースもままあって、数百万円の賠償金額でも敗訴は大打撃だと説明する。そういう現実があるからこそ、「文春以外の週刊誌はみんな事件や政治を扱わない雑誌になり、ヌードグラビアと漫画が中心になってしまった」と。


 出版界の実情を知る立場からすれば、まさにその通りだと思うのだが、実際ここ何年か文春が突出した存在になったのは、他の雑誌やワイドショー、あるいは新聞報道においてさえ「訴訟リスクのある報道」に尻込みする傾向が顕著になり、そんな状況でもほぼ唯一、文春が「攻めの姿勢」を続けているからに他ならない。損得勘定だけで考えたら、リスキーな「取材モノ」はやめてしまうほうが正解なのである(だから他誌はみなそうしている)。


 その一方、木俣氏の編集長時代、「田中真紀子元外務大臣(秘書給与疑惑)、山崎拓・自民党幹事長(愛人問題)、福田康夫・自民党官房長官(年金未納)、辻元清美議員(秘書給与詐取疑惑)」など週刊誌報道で辞任したり落選したりした大物議員は何人もいて、「週刊誌報道以外で辞任したのは島村宜伸農水大臣(郵政民営化解散に反対して辞職)くらい」だったという。少なくとも「対政治家」の報道では、明らかにその「果敢な攻めの姿勢」には社会的な意味がある。


 ただ、こうした木俣氏の主張にも、ネットの擁護派は「身内による身勝手な弁明」としか受け止めず、内容を理解する気配はない。「松本氏のような大物への名誉棄損には億単位の損害賠償が課されるべきあり、そうすればおいそれと醜聞報道はできなくなる」という彼らの暴論がもし現実のものになってしまったら、それこそジャニーズ問題の追及などはほぼ不可能、政治家の不祥事を暴こうとするメディアも消えてしまうだろう。自分の大好きなタレントを窮地に追い詰めた文春への怒りは理解できるのだが、果たしてこうした論者は本当に「大物の不祥事は見て見ぬふりをするしかない状況」の到来を望むのだろうか。


 それにしても今回の思わぬ逆風は、やはり雑誌を出す側には予想外だったろう。サッカーの伊東純也選手の性加害疑惑を報じた『週刊新潮』は初報から1週間置いた今週、「伊東純也『性加害問題』被害女性の声を圧殺する『危険な空気』」と銘打って“でっちあげ批判”への再反論を試みている。有名人の醜聞がここまでの大ニュース・大騒動になってしまう背景には、何よりもネットとの相互作用があるわけだが、いまや数少ないスキャンダル報道誌となった文春や新潮も、今後はこういった逆風を無視できなくなるだろう。


 松本氏と伊東氏のケースは初対面の一般人を相手とする「加害─被害」という話であり、事実なら十分に社会性のあるテーマだが、特定の相手との「熱愛・不倫・三角関係・破局」など他者には関係のないゴシップは、それこそ純粋なプライバシーとして今後かなり書きにくくなるのではないか。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。