2月中旬、新聞各紙の1面トップに、日本のGDPがドイツに抜かれ世界4位に転落した、というニュースが踊った。紙面では円安が響いたからだ、と伝えている。その1週間後、今度は東証の日経平均株価がバブル時代を抜く3万9098円の史上最高値を更新した、と各紙のトップを飾った。テレビでは証券会社の喜びようを伝え、その一方、「実感がない」と街の声を伝えている。一体、喜んでいいのか、がっかりしていいのか。
でも、これはすべて10年前のアベノミクスの結果だ。もう言い古されているが、アベノミクスとは低金利、財政出動、規制改革の3本の矢である。2番目の矢である財政出動と3番目の矢である規制緩和は何の役にも立たず、市場から笑われた。唯一「効果」をもたらしたのが1番目の低金利だ。当時の黒田東彦日銀総裁がバズーカ砲だの、異次元の低金利だの言い立てて、ゼロ金利を維持し続けた。
低金利とは日銀が為替相場に介入し無理矢理ゼロ金利という通貨安を作り出したものである。本来、為替相場とはその国の経済力の強さを表している。経済が弱ければ通貨安になり、輸出が多く経済が強ければ円高になる。第2次安倍内閣がスタートするまでは、東電の原発事故があっても輸出過剰で円高が続いた。日本が輸入超過になっていた国はフランスとイタリア、スイス、中国(台湾を除く)の4ヵ国である、仏伊瑞は高級品志向から輸入が多く、貿易赤字になっていた。その結果、為替相場は1ドル=90円台だった。
本来、中央銀行の役目は投機的な急激な為替変動からメーカーを守り、国民生活を守るために為替介入をすることになっている。ところが、黒田日銀はゼロ金利を主導し、無理矢理円安を作った。輸出を増やして景気を回復させる、という名目だったが、これは発展途上国の経済政策で、日本では昭和時代の発想だ。もっとハッキリ言えば、単なる日本売りである。ただ、日本国内は消費が低迷していたから長らく効果はなかったが、我慢の限界が来たのが昨年から続く物価上昇だ。
テレビに登場するエコノミストたちは技術革新が必要だ、などと言うが、円安下ではメーカーは努力しなくても儲かる。たとえば、1ドルで輸出すると、以前はせいぜい100円以下だったが、今は同じ商品を同じ1ドルで輸出すれば、150円になる。労せずに50円分がボロ儲けになるのだ。だから技術革新などする必要がない。ボロ儲けの50円はいつか来たる円高に備えて内部留保したり、自社株買いを行い、株価を上げてモノ言う株主を黙らせた。
だが、逆に円高になると1ドルで売ったのでは95円にしかならないから、高く売るために技術革新して1ドル50セントで売れるようにしなければならない。つまり、円高下こそ技術革新が必要になり、円安下では技術が停滞してしまうのである。同時に国内では輸入品の値上がりが起こり物価高を招き、その結果として消費の低迷を招く。つまり、異次元のゼロ金利とは消費を冷やしGDPを低下させる。だから、日本売りなのである。一方、新型コロナ収束後、インフレが続き、経済がさほど伸びていないドイツに抜かれるのは当然である。
もうひとつの史上最高値の株価というのも、異次元の円安が招いたものに過ぎない。バブル時の最高値3万8915円をつけたときの東証1部市場の投資家の9割は個人投資家や日本企業だった。外人投資家と呼ぶ外国の機関投資家は1割に過ぎなかった。
だが、1部市場に相当する今のプレミアム市場で売買している投資家の7割は外国投資家である。言うまでもなく、彼らは日経平均株価を円表示では見ていない。ドル表示である。今、1ドルは150円だからドルでみると、最高値の3万9098円は260ドル65セントである。安倍内閣が始まる当時の為替相場の1ドル=100円では2万6065円に過ぎない。バブル期を超える史上最高値にならないではないか。
さらにいえば、日銀とGPIF(年金基金)が大量に日本株を買い占めている。もし株価が急落したら日銀は大きな評価損になり、年金は破綻しかねない。つまり、日銀と年金による大量保有株のおかげで外国投資家は大損をする懸念がない市場で売買している状態であり、円安が進むことでさらに日本株買いを行なっているのだ。今の史上最高値とは、要するにゼロ金利がもたらした円安がつくった株価でしかない。市民が「実感がない」といった言葉のほうが正しいのだ。
10年も続いた異次元の低金利が物価上昇をもたらした一方、企業は円安に慣れっこになり、技術革新を停滞させた。異次元だのバズーカ砲だのではなく、為替相場は市場に任せるべきなのだ。そのとき、初めて日本のGDPはどうなのか、株価が史上最高値になるかどうかがわかるはずだ。(常)