今週の『週刊文春』は「大谷翔平のピンチにアスリート妻は2度渡米した」という記事で、先週結婚を電撃発表した大谷選手のお相手を「女子バスケ元日本代表候補のA子さん」「大学三年時にはユニバーシアード日本代表にも選ばれ銀メダルを獲得」「実業団チームに入団して活躍、昨年四月に退団」と、ちょっと調べれば誰にでもわかる形で特定し、ふたりの馴れ初めから遠距離恋愛の実情まで詳細に報じている。


 このニュースに関しては、SNS発表のあと行われた1日の会見でも大谷氏は「お相手は日本人女性」「至って普通の人」と具体的な説明を避けていたが、翌2日にスポーツ誌『Number』のウェブサイトが「《独占インタビュー》大谷翔平、結婚を語る」という記事を配信し、全メディアを驚かせた。この記事は、相手の女性が大谷氏の2歳下で、出会ったのは日本のスポーツトレーニング施設、日米の遠距離恋愛ではあったが、オンラインで日本のドラマを鑑賞するなど共に時間を過ごしたこと、彼女の手料理ではドライカレーがおいしかった等々のディテールが報じられた。


 7日配信のナンバーウェブ「『大谷選手はデコピンを抱いて登場しました』ナンバー編集者に聞いた『大谷翔平結婚インタビュー』の舞台裏《なぜここまで話をしてくれたのか?》」という記事によれば、ナンバーによる単独インタビューは、記者会見があった1日の夜に行われたものだという。なぜこの取材で大谷氏は会見とは一変して雄弁に語ったのか。記事はその理由を「インタビュアーが大谷氏を10代のころから取材してきたベースボールジャーナリスト・石田雄太氏であり、大谷氏の彼への信頼が大きかったから」と説明した。


 今週の文春記事は、同じ文藝春秋社の媒体としてナンバー編集部の協力を受け、形になったものだろう。一読して興味深く思ったのは「A子さん」と匿名ではあるものの、ここまで詳細にプロフィールを書く以上、この記事の最大の売りは紛れもなく「謎に包まれていたお相手が判明」という点にあったのに、編集部はそういった「スクープ風」のタイトルを敢えてつけなかったことだ。世間に与えるインパクトや雑誌の売上げを考えれば、明らかにそうしたほうがプラスになったはずなのに、センセーショナルなタイトル・記事スタイルを避けたのだ。


 もちろんこの「スクープ」の一義的な功労者は、石田記者やナンバー編集部であり、文春が今回、記事化するにあたっては、両者から何らかの要請があったのかもしれないし、文春がどのような理由で「弱めの記事スタイル」を選んだか、実際のところはわからない。それでも個人的な推測では、もしかするとこの件には、松本人志氏追及をめぐるここ1~2ヵ月の騒動が影響した面があった感じもする。「有名人のプライバシーを土足で踏みにじる週刊誌の横暴」。松本氏擁護派から吹き荒れるそんな逆風のなか、文春としては大谷本人が伏せる情報を無理矢理に暴く意図はない――。万が一、「お相手報道」が世間の不評を買ったとき、そんな釈明もできるよう、ソフトな書き方を選んだのではなかったかと。


 それにしても、今回のナンバーの「スクープ」で改めて感じるのは、「足を使った取材」「対面インタビューの積み重ね」といった基本動作の大切さだ。「文春一強」の現実は、他の多くのメディアがそういった「当たり前の取材」を怠るようになった結果に他ならない。コタツ記事が論外なのは言うまでもないことだが、メール取材や電話取材が当たり前になった昨今のテレビや雑誌から、スクープや「深い独自取材」が出てくる見込みはほとんどない。業界全体の地盤沈下の中、今さら新メディアを立ち上げたり、大規模なテコ入れをしたりする動きは期待できないが、それでも一番組、一雑誌でもいいから、文春と張り合える媒体が出現してほしい。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。