Raxi株式会社(以下、Raxi)は2022年4月に誕生した三井物産株式会社(以下、三井物産)発のスタートアップだ。翌23年1月には、国内ではまだ承認例がない糖尿病患者を対象とした治療用アプリの治験を開始。今後の展開に向け、新たな道を共に切り拓くパートナー企業を求めているという。吉田彩代表取締役に、設立の経緯、アプリ開発のコンセプトと現状、事業の展望について聞いた。



写真:Raxi株式会社 吉田彩・代表取締役






◆ビジネススキームで企業や社会が抱える課題を解決したい 

三井物産 ウェルネス事業部本部戦略の具現化の一環として  


──まず、親会社である三井物産とRaxiの関係についてご紹介ください。


 株主は100%三井物産で、Raxiは本社にある16の事業本部のうち、ウェルネス事業本部(2021年4月にヘルスケア・サービス事業本部から改称)関連の事業です。


 健康志向と医療費適正化ニーズが高まる中、三井物産は将来的に「患者」にとどまらず「健康な個人」をも対象に、デジタルを活用した未病対応・発症予防、院外の検査・診断・治療等のサービスから成る健康・医療事業群を確立し、国内外で展開することを目指しています。そこで、“Wellness, the new wealth”を掲げて各ステークホルダーに多面的・複合的なアプローチを行っています。 その中でRaxiの事業は「エビデンスに基づくソリューションを患者さんに提供する」という役割を拡大するための具体策の1つという位置付けになります。




“患者さんへの最後のパス”を担う  


──Raxiのこれまでの歩みについて教えてください。


 三井物産は以前より糖尿病を攻め筋の疾病領域と位置づけ、透析クリニックや血糖測定器に出資してきました。また10年以上前からマレーシアに本拠を置くアジア最大級の民間病院グループIHH Healthcare Berhad(約80病院、計15,000床、2018年より筆頭株主)にも出資しています。Patient journeyに沿って、病院、クリニック、医療機器に出資してきましたが、不足している機能が、「患者・消費者との直接の接点」でした。この様な背景のもと、いまRaxiは “患者さんへの最後のパス”として強力なツールとなり得る治療用アプリを開発しているのです。




目的地に“楽に(生活を無理なく変えて)”かつ“楽しく(プロセスをエンジョイしながら)”たどり着けるソリューションを  


──吉田さん自身は医療分野を志向されていたのですか。


 私が高校生の時、家族が胃がんに罹患したことをきっかけに、ヘルスケアや医療に興味を持ちはじめ、当時色々調べていくうちに医療業界には課題が多く存在することを知りました。そしてその想いは学生時代も続き、将来的にその領域に身を置きたいと思っていました。また学生時代、文化や考えが異なる海外の学生と進めた数々のプロジェクトを通じて、「ビジネススキームで国内外の課題を解決する」ことを実現していきたいという想いを胸に、商社に入社しました。


 入社後は、私たちの時代はおそらく50年くらいは仕事をするのだろうと思い、まず「人と仕事をする」「商売をする」とはどういうことかを知りたいと考え、化学系の部門で4年ほど営業や物流を担当しました。その後、「やはりヘルスケアで自分のキャリアを形成していきたい」と考え、社員の自律的なキャリア選択と挑戦を後押しする「人事ブリテンボード制度」を利用して、ヘルスケア事業部(当時)に異動。シンガポール・マレーシアなど十数ヵ国で医薬情報サービス事業を展開する企業への出向、病院への投資などを経験しました。


 三井物産が、長く大切にしてきた「自由闊達」な企業文化の中で、常に社員のやりたいことを後押ししてくれ、大きな器で見守ってくれることにいつも感謝しています。



──“Raxi(ラクシ―)”という社名にはどんな意味が込められているのでしょうか。


 治療用アプリの開発にあたって患者さんの悩みを知るにつけ、日常生活に溶け込むような形でソリューションを提供することが大事だと痛感し、なるべく“楽に”つまり日常生活を無理なく変えて、しかもある程度、そのプロセスを自分なりにエンジョイしながら“楽しく”治療ができる製品を生み出す会社にしたいと思いました。“シー”はTaxiに由来し、タクシーは目的地を伝えて座るとそこに連れて行ってくれるので、大きな無理をしなくても、定めた目標に自然とたどり着けるという意味合いを込めました。



◆事業デザイン手法もヒントに治療用アプリを共同開発 

患者さんに会い、聴いて、つかんだ3つの共通課題  


──治療用アプリの開発には、最近注目を集めている“デザインサイクル”という手法を使ったそうですが、どのようなものか教えてください。


 デザインサイクルで重要なのは、消費者や患者さんなどの想定顧客に向き合い、何が悩みの種(ペインポイント)か、何にこだわっていて、何が課題なのかを徹底的に洗い出し、ニーズをしっかり汲み取って、それに対するソリューションの概念を決めるということです。


 このプロセスをMoon Creative Lab Inc. で行いました。Moonは、「三井物産グローバル・グループ4万2000人とゼロから事業をつくるイノベーションラボ」を謳い、2019年1月に本格稼働しました。社内インキュベーション部隊ではなく、独立した企業です。



──デザインサイクルで得られた経験を教えてください。


 何ものにも代えがたいのは、十数名の患者さんのお宅を訪問して各2時間ほどインタビューさせていただき、何に困っているかをじっくりと伺った経験で、今でも自分の拠り所になっています。


 その折りに、多くのかたが訴えた主な事柄の一つ目、糖尿病は一度罹患すると一生付き合っていかねばならない病気なので、「治療していく上でなかなか自信が持てない」ということ。


 二つ目は、「治療のモチベーションが湧かない」。糖尿病は薬だけで治るものではなく、運動療法と食事療法が必須で、自分自身で取り組んでいかねばならない側面が大きいが、やる気の維持が難しいとのことでした。


 三つ目は「退屈さ」です。運動療法と食事療法の実践に取り組んでいるものの、毎日同じことの繰り返しで、やり方もよくわからず、上手くできているのか実感が湧かず、退屈だとの答えでした。


 こうした患者さんのネガティブな気持ちを払拭できるような治療用プログラムが必要であることが明らかになりました。


 その後、治療用アプリのプロトタイプをつくって患者さんにコアな機能を使ってもらい、本当にニーズがありそうか、実現できそうかを検証しました。その結果、十分な手応えがあり、ニーズも確認でき、初期案が完成したので三井物産に持ち帰り、国立大学医学部附属病院と共同研究契約を締結し本格的な製品開発を開始。この国立大学医学部附属病院の研究責任医師(以下、研究責任医師)が研究開発していたコア機能とデザインサイクルで得られたヒントを融合させ、臨床試験用の製品が完成しました。そして2021年8~12月に都内の病院で30名ほどの患者さんを対象に概念実証(PoC)のための臨床研究を行いました(Journal of Biomedical Informaticsに掲載準備中)。さらに、研究責任医師および医療機関の協力を得て2022年下半期に治験届を出し、治験中です。




小さな成功体験の積み重ねから生まれる良い連鎖  


──開発した製品のサービス構成は。


 国立大学医学部附属病院と共に開発した「運動療法補助システム」です。製品は、患者さんが使う治療用アプリ、医療従事者用管理画面等で提供されます。


 このシステムは、患者さんが日常生活に無理なく取り入れ、ご自身のペースで治療を継続できることをコンセプトに作られています。患者さんの手間を極力低減させる工夫をしました。



──この製品ならではの特徴は。


  PoCの段階から「歩くことを習慣化する」ことの重要性が確認されており、社会的認知理論をベースに、患者さんの特性や視点を考慮して行動変容を促し、歩行支援を行う仕組みになっています。


 患者さん個別の状況に合わせて目標設定を行い、自分の変化を振り返りできるPDCAサイクルを取り入れ日々成功体験を積んでもらいます。


 目標を達成して褒められ、認められると承認欲求も満たされて自己効力感が上がっていきます。「自分でもできる」と実感すると、「食事もできるかもしれない」「他の生活習慣も持直せるかもしれない」と考える。小さな成功体験を日々積み重ねることによって自信を深め、もっと高い目標に向かって挑戦するという良い連鎖につながっていく患者さんが実際に多かったですし、そこに“達成感”があり、“楽しさ”があるのだろうと思います。




主治医が処方する治療用アプリだからこそ、患者さんは利用を続けられる


──身体状況や生活習慣を記録するアプリがいろいろある中で、予防や自己管理でなく糖尿病患者向けの「治療用アプリ」を開発した理由は。


  PoCの後、患者さんにヒアリングしたところ、「医師から処方されるとやらければいけない気持ちになる」、「やめられない」、「常に見られている緊張感がある」、「主治医がサポートしてくれるような気がする」との声が聞かれました。日本は国民皆保険制度で病気を罹っても医療機関へのアクセシビリティが高いため、自分のポケットマネーで健康管理をしていこうという意識が高い層は少数派です。したがって、当社の製品は治療用アプリとして薬事承認と保険適用を得て、医師の処方に対する信頼感と続けなければという自分自身の治療に対する責任感に近い気持ちによって長く使ってもらうという方向性を目指しています。


「開発した製品で薬事承認と保険適用を取ること」は、実は、研究責任医師と私たち共通の夢でもあります。研究責任医師は十数年前から、ICTを利用した2型糖尿病患者の自己管理支援システム開発と、その効果の検証に取り組んできた経験と実績があります。それだけでなく、医療従事者と患者の双方にとって場所や時間の制約なく医療が提供される仕組みの構築を通して、地域医療に貢献したいというパッションがあることを知り、私から連絡を取り直接お目にかかって協業をお願いしました。


 米国医薬食品局(FDA)はICTシステムを医療機器として承認しています。糖尿病領域では医師が治療法として処方するPrescription Digital Therapeutics(PDT)として、医療機器として位置づけられ、注目を集めています。研究責任医師に伺うと、当初は社会実装のハードルが高かったそうですが、2020年にはニコチン依存症治療アプリが薬事承認を取得し保険収載されたほか、厚生労働省によるプログラム医療機器実用化促進の動きもあります。


 環境が良い方向に変化しつつある中、研究責任医師とRaxi両者の強い思いによって、治験の実施に至ったという経緯があります。同じ夢を持ち、夢に向かって一緒に歩める、信頼できる研究責任医師に出会えたことに感謝しています。



写真:Raxi株式会社吉田彩・代表取締役(右)と橋本里奈・経営企画部マネージャー(左)



◆今後の展開をパートナーと共に

商社ならではの事業展開


──ここで改めて、Raxiが目指すゴールについて教えてください。


 私たちは、ミッションとして「医療から社会インフラを構築する」こと、ビジョンとして「一つのツールとして患者さんに治療用アプリ(皆保険)を提供しつつ、ステークホルダーの課題解決、効率化に貢献する」「治療中に蓄積されたさまざまなデータを利活用して、アカデミア、自治体、医療機関、民間企業が抱えるそれぞれの課題解決に努めていく」ことを掲げています。



──各ステークホルダーの課題解決と効率化とは、具体的にどのようなことを指すのですか。


 現段階では、あくまで想像も含めた課題設定やその解決法ではありますが、期待を込めて、次のようなことを考えています。


 わが国では、糖尿病患者や予備群の数が多いにもかかわらず、Direct to Patientでつながっている規模感のあるプラットフォームはいまだ存在していないと認識しています。今のところ、Raxiの事業の主軸は治療用アプリの開発ですが、患者さんに継続的に使っていただき全国から網羅的にデータが集まってくれば、新しいデータセットとなり、そのエビデンスが医学の研究や臨床に貢献できるかもしれません。


 治療効果の最大化や医療資源の有効活用を目的とした患者サポートプログラム(PSP:Patient Support Program)が注目を集めています。弊社製品のプラットフォームを通じて、製薬企業にとっては受診時のデータだけではわからない空白期間に起こっていることを知る手立てになりますし、プラットフォームを通じてより現状とニーズに合った患者さんへの啓発・教育が可能になるかもしれません。


 医療機器メーカーでは、個社製品と治療用アプリとの連携によってデータ収集・分析やアプリのプラットフォームを通じて、患者さんに治療指導や疾患啓発に役立てていただける情報の発信が可能かもしれません。


 民間保険会社は、データが集まって入院率や死亡率、予後にどのくらいお金がかかるかなどがわかってくれば、病気に罹ってしまった患者さん向けの新たな保険の開発が可能かもしれません。


 糖尿病患者は予備群も含めて関連する企業等の裾野が広いので、食品・飲料メーカースポーツメーカー等の企業様にもご活用いただけると考えています。


 また、弊社製品の特徴から、裾野が広く、他の疾病への展開も期待しております。最初は糖尿病患者が対象ですが、他の生活習慣病やその先にある疾病で療養されている患者さんにも活用していければと考えています。三井物産には検査や医用画像管理システム事業を行っている関連企業もありますので、将来的には血液検査結果やバイタルデータに画像を加えた新規性の高いデータセットができる可能性もあると考えています。




パートナー企業と共に医療から社会インフラ構築を目指す


──まずは、治験中の治療用アプリの事業化についてパートナー企業を探しているとのことですが、パートナーにどのようなことを期待しますか。


 治療用アプリは新規性が高く、行政側も規制を整えている段階でもあり、産業としてはまだこれから成長していく分野です。参入障壁も比較的高い業域ですが、「治療用アプリの市場を主体的に創造していく」、「治療用アプリを通じて患者さんの治療の選択肢の拡大、QOL向上に貢献していきたい」という情熱をお持ちのパートナーにご参画いただければ嬉しく思います。


 また、先ほど述べた「患者さんに治療用アプリ(皆保険)提供しつつ、ステークホルダーの課題解決、効率化に貢献する」というRaxiのビジョンに共感していただき、その実現のために一緒に汗を流し、治療用アプリを起点に様々な事業開発を協業いただけるパートナーを求めています。


 特に、治験の結果が良好であればその後、薬事申請・承認となりますが、メディカルアフェアーズ・マーケティング・販売等、承認後から販売までを協業・サポートいただける製薬メーカー様等を探しています。



──パートナー企業にとってのメリットは。


 現在の開発領域である糖尿病については、食事療法や運動療法でコントロールしながら薬物療法を行う患者さんが増えています。したがって、この治療用アプリに蓄積されたデータやタッチポイントを活かしつつ患者さんに多角的なアプローチを用意して薬物療法の効果を高める、患者さんへの教育・啓発を通じて自社に対する認知を高めるといった意味で、患者カバレッジを上げられるメリットはあると思います。また弊社は専門性の高いパートナーとお互いの強みを活かした事業展開を進めており、医療機器プログラムを開発するノウハウも蓄積しており、製薬企業様、医療機器メーカー様、ヘルスケアメーカー様等のアプリ開発の受託やコンサルティングも可能です。双方の出資先や強みを活かして、様々なコラボレーションが検討できるかと思いますので、少しでも興味を持っていただけたときは、ご一報頂けますと嬉しいです。


 Raxiの親会社である三井物産はアジア最大規模の病院グループ、透析事業会社、血糖測定器等の医療機器や検査診断機器を開発するグローバル企業、医療機関向けクラウドサービス開発企業、グローバル医療データサービス事業を展開する企業、健保向けサービス事業会社等に幅広い分野に出資参画しています。三井物産やその出資先とも連携しながら、今後はパートナー企業様と、Raxi独自の世界観を創り、“医療からの社会インフラ構築”を実現していきたいと思います。





お問い合わせ先

Raxi株式会社

〒100-0004 東京都千代田区大手町1-2-1 Otemachi Oneタワー6階

https://www.raxi.co.jp/

※上記サイト内の「お問い合わせ」フォームからご連絡ください。