Rare Disease Day(RDD)は、希少疾患とともに生きる人々が公平な社会的機会、ヘルスケア、診断や治療へのアクセスを得られることを目指し、毎年2月末日を中心に世界100ヵ国以上で行われている。2008年にRDDを開始した欧州希少疾患協議会(EURORDIS)によれば、希少疾患患者は世界で3億人にのぼる。2010年にRDDを開始した日本では、難病患者支援〈表〉に取り組んできた経緯から「世界希少・難治性疾患の日」と称している。以下に製薬協とRDD Japan事務局による「製薬協Rare Disease Day 2024シンポジウム(2月4日開催)」および「FDA's Rare Disease Day 2024(3月1日開催)」から、日米の希少疾患に対するスタンスや具体的な課題解決策、さらに日本企業による希少疾病用医薬品の開発状況を紹介する。


■タスクフォース立ち上げ後、初のシンポ

 製薬協のシンポジウムでは、4名の講演とパネルディスカッションが行われた。


【製薬企業の立場から】製薬協の難病・希少疾患タスクフォースは21年10月に立ち上げ、現在は12社20名ほどで活動している。リーダーの石田雅大氏は、製薬業界が取り組むべき課題を把握するため、23年2月に実施した「希少疾患患者さんの困りごとに関する調査」および同年7月にまとめた「難病・希少疾患に関する提言」を紹介した。

 患者438名と3団体の協力を得た調査で、情報に関しては、回答者の約75%が収集の困難さを経験し、製薬企業に対しても積極的な発信を望んでいた。薬に関しては、自分の希少疾患の治療薬が海外では使用できるが日本では使用できないと仮定した場合、約8割が国内で治療することを希望。アジアを含む海外の治験(有効性・安全性)データを活用して治療薬を承認し、適切な情報に基づき患者自身が治療薬を選択できる環境を整備するなど、柔軟な仕組みが必要と考えられた。

 調査結果から、❶情報の極端な不足、❷社会の理解・認知不足、❸治療薬未開発などの課題が浮かび上がってきた。❶については、患者がシステムに事前登録しておくことでメール等何らかの連絡手段で自動的に情報を得られるプッシュ型の仕組みを構築できないか、厚労省難病対策課とともに具体的議論を進めている。一方で、患者自身が情報を把握し判断できるよう、受け手のリテラシー向上の機会も設けていくべきと考えている。❷は難病・希少疾患に関わりや関心がない人々の認知が重要。「自分にも起こり得ること(自分ごと)として捉えてもらう」ことができれば、社会全体の理解や支援も増えていくのではないか。❸については、データレジストリー等さまざまなデータを集権化し、多様なステイクホルダーが薬の開発に活かせる仕組みや、薬事制度上、企業が開発の予見性を確認できるような、早期のオーファンドラッグ指定等の対策が必要。また、採算が厳しい領域でもあり、企業が(適正な)収益を上げられる構造をつくることが、持続的な薬の供給につながるのではないか。


【中間機関および当事者家族の立場から】RDD Japan事務局を務めるNPO法人ASridは、希少・難治性疾患の患者・家族その他多くのステイクホルダー間の横の繋がりをつくりつつも、どの関係者からも独立した「中間機関」という立ち位置で活動。産官患学(産業界、行政、患者、研究者、医師等)が一緒に議論している会だ。西村由希子理事長は、最近の具体的な活動として、厚労省の臨床研究等提出・公開システム(jRCT)改修に際して要望書を提出し、欲しい情報にリーチしやすくなった例を紹介。別の角度から「これも必要」と伝えることで継続的な改善が見込める、これからも「患者のための情報」を患者サイドと共に考え伝えていくことで、良いサイクルを回していきたいとの抱負を述べた。


【当事者家族の立場から】南里健太氏は2017年12月生まれの息子が、極めて稀な「Potocki-Lupski症候群(PTLS)」と診断されるまでの経験や、現在の活動を紹介した。PTLSは17番目の染色体の一部が重複しているために「脳への電気信号が行きにくい状態」の病気であり、現在国内で10例が確認されている。南里氏は、息子がハイハイをしない、なかなか一人で座れないなどの様子から、1歳になる前から発達の遅れを感じ始めた。1歳児半健診を機に通園型の療育を始め、20ヵ所ほど断られた後に2歳で保育園に入園。3歳半頃、半年の予約待ちを経て遺伝子検査を実施。4歳半のときにようやくPTLSの診断がついた。とはいえ治療法はなく、医師から渡されたのは英語の論文のみ。思い切ってゲノム研究の第一人者である山本俊至教授(東京女子医科大学ゲノム診療科)にメールを送り相談。「まず患者家族会をつくってみては」「指定難病にするという方法もある」と勧められて2022年に家族会を設立、年1~2回オンラインで懇談会を行っている。また、23年には「児童発達支援・放課後等デイサービス ヒトノワ南大泉教室」を開業した。息子の小学校入学を前に放課後デイサービスを探したが、20~30ヵ所回っても定員の空きがなかったからだ。

 南里氏は、一般的なインターネットの検索ではたどりつけなかったことから「希少疾患の情報に素早くアクセスできる環境」の必要性を痛感。「治療法がない」「周囲の認知がない」という現実に家族として一度は絶望感を感じ、それを乗り越えた先に「違った景色」が見えてきたものの、将来的にどうなるのか、どういう療育を行えばよいのか、不安は尽きないという。



行政の対応

【行政の立場から】製薬協、中間機関、患者家族の講演や参加者からの質問を受けて、山田章平氏(厚労省 健康・生活衛生局 難病対策課長)は、行政の課題や取り組みへの考え方を述べた。

 指定難病については「医療費が気になって増やさないんだろう」と言われるが、実は「研究の担い手を見つけること」や「研究費の工面」の方が悩みの種。専門家の数が限られると、患者がその意向に合わせざるを得ないかもしれず、複数の医師が診療する体制が重要だが、その点はなし得ていない。

 未診断の時点での情報提供は、国が弱い部分だ。難病情報センターのサイトは、ある程度見やすくなっているが、正しい・確立した情報しか載せないので「初めに誰にどう相談したか」「他の親(親としての先輩)はどういう行動をとったのか」のような患者家族の疑問には応えられない。

 なお、希少疾患・難病は「似た状態でも何の病気かわからない」状況が多いため、昨年末の中医協で議論してもらい、次期診療報酬改定で疾病を特定しないゲノム検査が保険適用となる運びである。

 患者サイドから「希少疾患や症状を知らない非専門医に当たってしまうとそれだけで不利益になる」との指摘がある。非専門医への情報提供について、数多くの希少疾患一つ一つを理解してもらうことは難しいが、「難病患者支援の仕組みがあること」や「未診断疾患イニシアチブ(IRUD、アイラド)」の紹介は一助になるのではないか。

 

より現実的な米国の対応

 FDAのRDDイベントは正味4時間半に及ぶ長丁場で、「治験の基礎と今後」「情報ナビゲートおよび患者・医療関係者のエンパワメント」「FDAにおける患者参画」「希少疾患用医薬品の発展を目的としたFDAのイニシアチブ」に関する16の発表が行われた。以下に注目のトピックを挙げる〈図〉


【希少疾患治療の加速】Accelerating Rare Disease Cures(ARC)program:希少疾患患者のアンメットメディカルニーズに対応した効果的で安全な治療選択肢の開発を加速・拡大するFDA横断型プログラム。CEDR(医薬品評価研究センター)のセンター所長室・新薬室・トランスレーショナルサイエンス室が主導、CDER希少疾患チームが管理している。


【新興企業の参入支援】Learning and Education to Advance and Empower Rare Disease Drug Developers(Leader 3D):ARC プログラムの一環として「非臨床および臨床薬理学で考慮事項」「臨床試験の設計と解釈」「希少疾患薬開発における規制上の考慮事項」などの基本的な教育資料を作成・公開し、希少疾患領域への新興企業の参入を容易にする。


【治験の工夫】Decentralized Clinical Trials(DCTs)とDigital Health Technologies(DHTs):一般的な患者より移動の負担が重いといった希少疾患患者の現実に配慮して、DHTsも活用しつつ、地元で参加できる分散型治験を実施する。


Project Pragmatica:リアルワールドの通常診療を反映させた要素を治験デザインに取り入れ、従来のRCTより項目が少なくシンプルな適格基準やアウトカム指標を用いることで効率を高める試み(がん領域)。



日本企業が創製・開発中の主な希少疾患

 希少疾患薬開発の具体例として、厚労省が公開している「希少疾病用医薬品指定品目一覧(令和2年9月1日以降)」から、指定難病を対象とし、かつ日本企業が創製・開発中の医薬品をピックアップした〈図〉

※記載は【一般名・開発記号/企業/予定される効能効果/希少疾病用医薬品指定年月】*効能効果補足、❶疾患、特定医療費受給者証保持者数および❷薬剤の特徴等の順。


神経・筋疾患【pizuglanstat・TAS-205/大鵬/デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)/23年11月】❶筋肉細胞の骨組みを支えるジストロフィンタンパク質の遺伝子変異が原因で、男児に発症する頻度の高い遺伝性疾患。5,444人(MD全体)。❷大鵬薬品が創製した選択的造血器型プロスタグランジンD合成酵素(HPGDS)阻害薬。DMD患者の筋肉で炎症反応を亢進させているHPGDSを阻害し、運動機能の低下を抑制。19年度AMED医療研究開発革新基盤創成事業に採択。国内でP3実施中


血液疾患【apadamtase alfa, cinaxadamtase alfa・TAK-755/武田/血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)/22年12月】*およびLMNA変異/ZMPSTE24変異によるプロセシング不全性のプロジェロイド・ラミノパチー。❶von Willebrand因子(VWF)による血小板の接着および凝集に関連した、致死的な血栓性微小血管症。血栓ができないように働く酵素ADAM TS13の活性が低下。385人。❷遺伝子組換えADAM TS13製剤。先天性TTP(cTTP)を予定される効能効果として23年8月、厚労省に製造販売承認申請。cTTP成人および小児患者の予防的治療薬・オンデマンド治療薬として23年11月にFDAの承認を取得。


皮膚・結合組織疾患【レダセムチド トリフルオロ酢酸塩・S-005151/塩野義/表皮水疱症(EB)*/22年6月】*栄養障害型。❶先天的にⅦ型コラーゲンなど表皮と真皮の接着に重要な因子が欠損あるいは極端に不足しているため皮膚が脆弱で、わずかな外力で生後早期から全身、特に機械的刺激を受けやすい部位に水疱、びらん(ただれ)、潰瘍を形成する遺伝性の疾患で、生涯にわたり持続。3,176人(EB全体)。❷再生医療等製品。注射投与することで間葉系幹細胞を病変に動員・集積させ、けがや病気で損傷した組織を生きた細胞を用いることなく再生させる、再生誘導医薬。株式会社ステムリム(阪大初バイテク企業)から導入。品質管理が容易な化学合成品により、安価で安定的が再生能誘導を目指す。EBの他、急性期脳梗塞、慢性肝疾患、変形性膝関節症で開発中、心筋症でも計画。



2024年3月11日現在の情報に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。