今週の『週刊文春』は珍しく「攻めたネタ」が見当たらず、「右トップ(雑誌広告や目次で最も右端に表された最重要記事)」は小ネタを寄せ集めたワイド特集で、「左トップ(同様に左端に配された2番目の目玉記事)」も「TBS非公認 不適切にもほどがある⁉ 8大秘話」という人気ドラマ出演者たちの“こぼれ話特集”になっていた。『週刊新潮』も皇室ネタや大谷翔平氏に絡めた読み物でページを埋めていたが、興味深いのはこちらにも文春と同じドラマに着目した「クドカンが『コンプラ社会』に一石『不適切にもほどがある!』の適切な楽しみ方」という特集が組まれていたことだ。


 この通称「ふてほど」は1月に始まった宮藤官九郎氏脚本のコメディで、今期最も話題を呼んでいる作品だ。毎週金曜日夜10時の放送で、次回29日がいよいよ最終回。かいつまんで説明するならば、俳優・阿部サダヲ氏演じる主人公は1986年の中学で働く51歳の体育教師だ。ふとしたきっかけで現代にタイムスリップし、民放キー局の社員向けカウンセラーとして「未来」の世界では職を得る。そして「昭和の感覚」でセクハラ・パワハラ丸出しの態度をとる彼は、周囲に大混乱をもたらしつつ、粗野な男社会だった80年代と各種コンプラでがんじがらめの現代という「ふたつの現実」双方の問題を人々に突きつける――そんな感じのドタバタ喜劇である。


 文春の特集は出演俳優たちの「あれこれ」をまとめたものにすぎず、ドラマそのものには踏み込んでいないが、新潮のほうは「行き過ぎたコンプラ」への違和感をユーモラス・ソフトに提起したドラマとして、これを高く評価する。ただし「セクハラ・パワハラ当たり前の時代」と、「息苦しいまでのコンプラの時代」を対比することは、一歩間違えると猛反発を受けるリスクもはらんでいる。


 実際、ウエブ媒体などで取り上げられてきた「ふてほど」の評価には、「過去を無反省に懐かしむ中高年向けのドラマ」とこれを酷評する記事も一部にある。たとえば(このドラマは各回、キモとなるメッセージを、唐突なミュージカル演出で伝えようとする仕掛けがあるのだが)、第3話の放送では「いったいどういった言動がセクハラに当たるのか、ガイドラインがほしい」という問いかけへのアンサーが「どんな女性に対しても(自分の)娘に言えないことは言わない、できないことはしない」という歌詞で表現され、このことにダメ出しをする若い女性ライターの文章も発信されている。現実社会では父親からの性被害に苦しむ女性もいることを、このドラマは理解していないというのである。


 いやいや、そんな深刻な話をこのケースにぶち込んでくることこそ、いったいどうなのか――。「中高年オヤジ」の側にいる私は、こんなコメディのセリフ(歌詞)にまで「完璧さ」を求める意見にこそ、いささか引いてしまう。問題の場面は、職場での日常会話の中、容姿をほめても恋人の話をしてもセクハラになりかねない風潮に、(許される雑談の)ガイドラインをつくって、という中年男性の悲鳴からの流れである。我が子への性加害などもってのほか。ごく少数の異常性愛者を除く大多数の男性がそれはわかっている。異常者の当人にしてみれば、どんなガイドラインが存在しようとも意に介さないだろう。部下の髪型をほめるのはいいのか悪いのか、そんな雑談での対処策について、ドラマの登場人物らは語り合っているだけなのだ。


『あまちゃん』や『いだてん』など限られた作品を見ただけだが、私が宮藤氏のドラマが好きなのは、グイグイと引き込む展開の巧みさだけでなく、その背後にある歴史的文脈や価値観についての把握の的確さだ。50代の彼は彼なりに「パワハラ・セクハラ」および「コンプラ」の比較を考え抜いていて、前者の時代へのノスタルジーを描いているだけでは決してない。前者は確かにひどかったが、コンプラの形式的押し付けも問題の本質的解決にならないのではないか。理不尽・一方的な価値観の押し付けとそれを拒めない同調圧力の環境。パワハラからコンプラへと潮目は変わっても、踏み込んだ対話をせず主流派がそれを押しつける。そういった構造が人々のメンタルを蝕んでいることは、昭和期も現在も実は変わりはない。それこそが彼の言いたいことではないのかと私は感じている。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。