お隣の韓国では医療が大混乱に陥っている。発端は医師不足を解消しようと、政府が医学部の増設を行うことを決めたことだ。この決定に反発した研修医が挙って職場放棄、いや、やめてしまったという。研修医の大量退職で各病院では外来医療が滞ったり、手術が次々に延期になったりしていると伝えられている。
今回の騒動の背景は複雑らしい。集団退職した研修医のバックには韓国医師会がいて退職を煽っているとも言われ、一方ではソウルなどの大都市の大学は研修医の味方だが、地方の大学は政府支持だそうで、騒動に一切、口出しをしていない……などと外電が伝えている。そんな状況を見越してなのか、政府は政策を撤回せず、医師会の幹部2人の医師免許を3ヵ月間停止、さらに大学トップの医師の医師免許を剥奪するぞ、と脅しているそうだ。ともかく、韓国のテレビでは「ビッグ5と呼ぶ基幹の大病院では手術の50%が延期されている」と伝えていた。
韓国の医療事情は知らないが、確か同国では基幹の病院をいくつか用意し、重要な手術はその重点病院で行う制度になっていると聞く。その重点病院がビッグ5なのだろう。一方、それと正反対なのが日本の医療。各地の病院が難しい手術も行なっている。この分散型と基幹病院に集中する重点主義のどちらがいいのだろうか。確か、厚生労働省は基幹病院に集約する集中型を進める方針だったように思う。
確かに、基幹病院方式で、全国にいくつかの重点病院を用意し、そこに専門医が集まって難病、大病の患者を治療するのは効率的であり、医療も充実し、患者にとってもよい治療を受けられるように思える。だが、医師でもなく、単なるジャーナリストの自分にはどちらがいいのか見極められない。
いささか旧聞になるが、ある雑誌の記事を書いていたことがある。記事はいわゆる「名医に聞く」といった類いの記事である。たまたま日大病院の消化器外科の名医を取材したことがある。彼は五葉とよぶ肝臓のがん切除手術のうち、切除不可能とされていた一番奥にある尾状葉のがん切除を成功させた名医だ。
もうこの医師が誰だか、おわかりだろうが、この尾状葉単独切除術は「高山術式」と呼ばれている。彼は血管の集まりとも称される肝臓の手術でなんと400㏄以下しか出血させないという、400㏄と言えば、献血の量である。取材時には、高山術式を学ぼうと国内、国外の医師が手術を見学に来ていた。彼らに聞くと、「なるほど、これほど丁寧に手術をやるべきだということがよくわかった」というのだ。
取材が終わる最後に全国にいくつか用意する基幹病医院に集中させる案と、いや、現状のまま各地の病院がそれぞれ難しい医療も行うほうがいいのか、聞いたことがある。すると、彼は「私の手術法を多くの人が見て学べば、いいんです。鹿児島の患者が手術を受けるために東京の病院に来て手術を受けるとなると、見守る家族も東京に来ることになり負担が大変です。多くの医師が切除術を学び、福岡でも熊本でも手術を受けられるようになれば患者も家族も負担が軽くなる。その方がいいのではないか」という。なるほど、名医というのはそういうものなのだな、と理解した。
韓国ではビッグ5が基幹病院となっているため、今回のような騒動になったとき、多くの手術が延期になってしまったのだろう。韓国とは違うけれど、日本でも新型コロナの流行時に手術が延期になったことがある。ビッグ5に集中すると、医師の手術の技量は確かに上がるかもしれないが、韓国のような万一の場合、手術の延期、といった非常事態も起こることも想定される。今もって、どちらがいいのかわからない。読者の目にはどちらがいいと思うだろうか。(常)