大谷翔平選手の片腕のようなサポート役、通訳の水原一平氏が違法なスポーツ賭博にのめり込み、ドジャースを解雇されたのは3月21日。今週の各誌はこのニュースで持ち切りだ。なかでも『週刊文春』と『週刊新潮』はそれぞれ12ページもの巨大特集を組んでいる。ただしこの問題、核心部の情報の出所は限定され、テレビやネットメディアも日々、舐めるようにこれを報じたため、両誌の独自情報は各逸話を肉付けする微細なディテールに留まった。


 水原氏がギャンブルで「溶かした」6.8億円もの借金が、大谷選手の口座から胴元に送金されていたことをすっぱ抜いたのは、米国の放送局『ESPN』。第1報をスクープした翌日の20日には、水原氏に対する90分の単独インタビューにも成功した。この時点での水原氏の説明は、大谷選手が彼の頼みを聞き入れて、借金の肩代わりをしたということだ。送金は50万ドルずつ8~9回行われ、大谷選手自らが自身のパソコンで送金手続きを行ったという。


 ところが翌日には、大谷選手の代理人弁護士がこの説明を真っ向から否定、大谷氏名義の送金は、水谷氏が「大規模な窃盗」として行ったものだと公表した。水谷氏も前日の説明が「ウソだった」とこれを追認した。そして26日には大谷選手本人が会見し、彼自身は報道後の20日まで、水谷氏の賭博や借金の問題を一切認識せずにいたと強調した。


 水谷氏に泣きつかれ「善意の借金肩代わり」をしたのではなかったか、すべてが大谷選手の知らぬ間に行われた犯罪行為だったのか――。実のところ大谷選手が会見を開くまで、水谷氏のインタビュー内容こそ「具体性・リアリティーのある説明」と受け取られた節がある。そのことはテレビ・コメンテーターらの口ぶりにも感じられた。選手生命へのリスクになりかねない「大谷選手への飛び火」を避けるため、弁護士らの指示を受け「大谷選手による一切の関与否定」の方針が打ち出された疑念を拭えなかったのだ。


 常識的に考えれば、単なる違法賭博だけでなく、窃盗や横領の罪も加われば、水谷氏には10~20年もの懲役刑がプラスされかねない。水谷氏が大谷選手に負い目を感じても、そこまでの「身代わり」はさすがに拒むだろう。「大規模な窃盗」に彼が同意するならば、そのことは事実だと考えるのが自然だ。


 ギャンブル常習者はウソをつきがちだ。この間、そんな経験者の話も出てきている。実は私にもギャンブル依存の気が多少あり(海外に暮らした時期、カジノにはまりかけた経験がある)、そのことは理解できる。依存度合いや負けた金額を問われた際、ついつい過少に説明しようとした。自分は異常じゃない。常識の範囲で遊んでいる。そんな「外ヅラ」を保ちたいがためだ。裏返せば、すべてバレてしまったら、ウソをつく理由は失われる。信じてもらえないウソは、無駄でしかない。ただ水原氏に関しては、大学卒の経歴を偽っていたことも今回暴かれた。となると事情は少し複雑だ。「目的が明確なウソ」オンリーでなく、より幅広く虚言体質がありそうに見えくる。


 本人に知られぬまま口座の不正アクセスなど可能か、という点に関しては、この2人の関係ならありそうにも思える。文春記事によれば、エンゼルス時代の初期、水原氏は大谷選手の隣家に住み、買い物の手伝いまでしていたという。ややこしい英語での口座開設手続きなど、水原氏が付きっ切りでサポートした可能性もある。銀行からの通知類も、本人でなく水原氏が目を通していたのかもしれない。そうだったなら、個人情報もヘチマもない。いずれにせよ、米国社会の目下の関心は「不正アクセスの方法」という一点に集中しているようだから、そのことはいずれ捜査や報道で明らかにされるだろう。


………………………………………………………………

三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。