令和5(2023)年度、国内では123品目の医療用医薬品が新医薬品として承認され(承認事項一部変更承認を含む)、うち42品目が新有効成分含有医薬品(NME: New Molecular Entity)だった。また、3月26日付承認は31品目(NMEs14品目)で、23年に欧米で承認を受けた注目の製品も複数含まれていた。23年度の国内承認NMEsはどのようなラインナップか、領域別に振り返ってみたい。今回は、がんと中枢神経(CNS)領域の主な品目を紹介する。

※表中の効能・効果の表記はPMDAの「新医薬品の新薬承認品目一覧」に基づく。本文中のがん統計は主に「がん情報サービス」の「がん種別統計情報」、難病関連の統計は「難病情報センター」による。


■3月承認薬に2つのFirst-in-class

 固形がんを対象とする薬剤では、3月承認の2品目(ビロイ、トルカプ)がFirst-in-classだった。


リトゴビ LYTGOBI /フチバチニブ、大鵬】胆道がん(胆管がん、胆のうがん、乳頭部がん)の年間診断数は約22,000人(2019年)。日本ほかアジアに多く、5年相対生存率は約25%と予後不良だが、治療対象となる遺伝子変異が比較的多く、4つの分子タイプグループがあることがわかってきた〔川本ら. 胆と膵, 2023〕。

 胆道がんに対する分子標的治療薬で最も開発が進んでいるのが、FGFR(線維芽細胞増殖因子)を標的とする薬剤。大鵬薬品が創製したフチバチニブは、FGFR1/2/3/4の全てと共有結合し、FGFRを介するシグナル伝達経路を不可逆的かつ選択的に阻害、FGFR1-4遺伝子異常を持つ腫瘍細胞の増殖を抑制し細胞死を誘導する。2022年9月の米国承認、23年6月の国内承認に続き、7月に欧州で条件付き承認を受けた。肝内胆管がんに比較的高頻度に発現するFGFR2融合遺伝子は、癌化プロセスに重要なドライバー遺伝子。コンパニオン診断(CDx)は「OncoGuide NCCオンコパネル システム」(シスメックス)で行う。


ビロイ VYLOY /ゾルベツキシマブ、アステラス】胃がん全体の5年相対生存率は7割近くに達するが、転移期患者は6.6%と10分の1程度。化学療法との併用療法で「CLDN18.2 陽性の治癒切除不能な進行・再発の胃癌」を効能・効果として国内承認されたばかりのゾルベツキシマブは、この適応症において、世界で初めて承認を受けた抗CLDN18.2 モノクローナル抗体だ。

 CLDN(Claudin)はタイトジャンクション(隣接細胞との間隙を埋める接着装置)形成に関与する主要な膜タンパク質。CLDN ファミリーのうちCLDN18.2は、胃腺の小窩及び基底領域の胃上皮細胞に特異的に発現する。また、胃腺癌、食道腺癌及び膵腺癌においても発現が認められ、悪性形質転換の過程で維持されるが、細胞膜の外側に局在してモノクローナル抗体(mAb)が結合可能な構造となっている。ゾルベツキシマブは、このCLDN18.2を標的として結合し、2つの免疫系経路(抗体依存性細胞傷害と補体依存性細胞傷害)を活性化することにより、がん細胞死を誘導する。CLDN18.2 陽性の胃がん患者同定CDxは「ベンタナOptiView CLDN18(43-14A)」(ロシュ・ダイアグノスティックス)で行う。なお、23年7月にFDAと米国食品医薬品局(FDA)と欧州医薬品庁(EMA)が同剤の承認申請を受理しており、FDAからは24年1月に審査完了報告通知を受けている。


トルカプ TRUQAP /カピバセルチブ、アストラゼネカ】ホルモン受容体 (HR) 陽性ヒト上皮細胞成長因子受容体2 (HER2) 陰性乳がんは、乳がん全体の7~8割を占める。また、閉経後転移・再発乳がん〔visceral crisis(重要な臓器の機能を損なう転移等)がない例〕に対して、推奨される一次治療〔内分泌療法とサイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害剤の併用〕実施後の二次治療は確立しておらず、根治困難だった。そこで登場したのが、AKT阻害剤だ。

 エストロゲン受容体 (ER) シグナルとともに、乳がんの病勢進行に関わる重要な細胞内シグナル伝達経路として、PI3K/AKT/PTEN経路※がある。AKTはこの経路を構成する重要な分子で、細胞の増殖、生存、代謝及び遺伝子発現の促進に関わり、さまざまながんや、一次治療への治療抵抗性を示すようになった例の一部で活性化されている。カピバセルチブは、AKTを選択的に阻害する世界初のAKT阻害剤で、PI3K/AKT/PTEN経路を阻害することで抗腫瘍効果を示すと考えられる。国内では、ホルモン療法剤フェソロデックス(一般名フルベストラント、アストラゼネカ)との併用で3月26日承認。CDxとしては「FoundationOne CDxがんゲノムプロファイル」(中外)が承認を取得している。米国では、ファストトラックと優先審査を利用し23年11月、世界に先駆けて承認された。

※PI3K:phosphatidylinositol-3 kinase、AKT(Akt):3つのserine/threonine-specific protein kinase(AKT1、AKT2、AKT3)の総称(別名PKB:protein kinase B)、PTEN:phosphatase and tensin homolog




“苦節18年”の承認も

 血液がんでは4品目中2品目が、新規モダリティ(二重特異性抗体)を用いた製剤だった。また、悪性リンパ腫を対象とする2品目が承認された。


エプキンリ EPKINLY /エプコリタマブ、ジェンマブ/アッヴィ】悪性リンパ腫は100以上の病型があり、国内での年間診断数は全体で36,000例を超え、近年増加傾向にある。本剤の対象疾患は、再発または難治性の❶大細胞型(L)B細胞リンパ腫(BCL)および❷濾胞性リンパ腫(FL)。❶には、びまん性(D)LBCL、原発性縦隔(PM)BCL、抗悪性度(HG)BCLが含まれる。❷はGrade 3Bに限る。❶❷とも、2つ以上の全身療法等を受けた後の三次以降の標準的な治療法は確立していなかった。

 エプコリタマブは、ジェンマブ社が開発した技術「DuoBody」を用いて作製されたヒト化免疫IgG1二重特異性モノクローナル抗体BCLの90%以上で腫瘍の細胞膜上に発現するCD20と、T細胞の細胞膜上に発現するCD3の両者に結合することによって、CD20陽性の腫瘍細胞を傷害すると考えられている。米国では、優先審査および迅速承認制度を利用し23年5月、世界に先駆けて承認された。


エルレフィオ ELREXFIO /エルラナタマブ、ファイザー】多発性骨髄腫(MM)は、B細胞から分化した形質細胞ががん化した骨髄腫細胞が、主に骨髄で増える病気で、国内の年間診断数は約7,600例(2019年)。再発または難治性MMに対する治療では、3クラスの薬剤(免疫調節薬、プロテアソーム阻害薬、抗CD38モノクローナル抗体製剤)が用いられるが、これらの薬剤に耐性を示すようになった患者の多くはその後の治療で十分な効果が期待できず、これまで標準的な薬物治療がなかった。

 エルラナタマブは、MMなど血液がんの患者で高発現しているB細胞成熟抗原(BCMA)とCD3を標的とした二重特異性抗体製剤で、骨髄腫細胞のBCMAおよびT細胞のCD3に結合し、T細胞による細胞傷害性を活性化することで骨髄腫細胞の細胞死を誘導する。米国では、全ての指定制度(オーファン、ファストトラック、ブレークスルー、優先審査、迅速承認)を利用し23年8月、世界に先駆けて承認を取得。その後、EU、スイス、ブラジル、カナダ、英国で承認されている。


オンキャスパー ONCASPER /ペグアスパルガーゼ、セルヴィエ】急性リンパ性白血病(ALL)は小児がんで最も頻度が高い(小児人口10万人あたり約3人)。L-アスパラギナーゼ(ASNase)は、ALLの化学療法において最も重要な薬剤の一つで、1978年にFDAが承認して以来、日本のロイナーゼ(協和キリン、効能・効果:急性白血病、悪性リンパ腫)を含め、全世界で広く使われている。ASNaseは、L-アスパラギン(L-Asn)をアスパラギン酸とアンモニアに分解する酵素。正常な血球細胞ではアスパラギン合成酵素がありL-Asnを再合成できるが、ALLの白血病細胞はこの合成酵素を欠くため、L-Asnが枯渇するとタンパク質合成に障害を来し、細胞死が誘導される。ただ、ASNaseに対する過敏症が、治療の継続や予後に関わる問題となっていた。

 ペグアスパルガーゼは、ASNaseをポリエチレングリコール(PEG)で化学修飾(PEG化)した酵素製剤。PEG化で半減期が延長して2週間間隔の投与が可能となっただけでなく、免疫原性が低下し過敏症反応を起こしにくいことが期待される。液体製剤はASNaseに対する過敏症発症後の代替治療薬として1994年に米独で、さらにALL の標準治療薬として米国で2006年、欧州では2016年に承認された。その後、凍結乾燥製剤が開発され、23年2月末時点で、70の国と地域で承認されている。

 国内での開発は、ALLに対して開発が必要と判断された第7回未承認薬使用問題検討会議(2006 年1月開催)にまで遡る。海外ライセンス企業が日本になく協和発酵(当時)に開発依頼が行われた後、海外の開発・販売権が次々と譲渡された。最終的には日本セルヴィエが国内における臨床開発後、22年6月に製造販売承認申請を行い、23年6月に承認を取得した。




全身型重症筋無力症に3つの治療選択肢

 中枢神経(CNS)領域では、全身型重症筋無力症に対し2つのアプローチによる3品目が承認された。重症筋無力症(MG:myasthenia gravis)は指定難病で、眼筋型(眼と瞼を動かす筋力が低下)と全身型(gMG、全身の筋力も低下)がある。国内の患者数は全体で約29,000人(2018年)と、2006年に比べ倍増した。gMGは、有病率が全世界で100万人につき100人から350人と言われる希少疾患だ。


ジルビスク ZILBRYSQ/ジルコプラン、UCB】MGは、神経筋接合部の筋肉側に存在するいくつかの分子に対して自己抗体が産生され、神経筋伝達が破綻することで生じる。自己抗体の標的として最も頻度が高いのがアセチルコリン受容体(AChR)で全体の約80~85%、次に筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)で全体の約5%と考えられている。

 AChRに抗AChR抗体が結合すると、補体の古典経路が活性化し、最終的に補体C5が開裂してC5aとC5bが生成。C5bがC6~C9とともに膜侵襲複合体(MAC)を形成して神経筋接合部を破壊する。ジルコプランは15個のアミノ酸から構成される大環状ペプチドで、C5に結合し「C5aおよびC5bへの開裂阻害」と「C5bおよびC6の結合阻害」によって、補体が関与する神経筋接合部の損傷を阻む。

 23年9月、日本で世界に先駆けて承認された後、10月にFDA、12月にEMAの承認を受けた。gMG治療薬として初の自己注射が可能な皮下注製剤。gMG患者は疲れやすく、薬剤の複数回分まとめての持ち帰りや温度管理が負担となる。そこで、国内では24年2月の発売開始とともに、指定配送業者による患者宅への無料配送サービスも開始した。


リスティーゴ RYSTIGGO、ロザノリキシズマブ、UCB】一方、gMGにおける他の標的として、胎児性Fc受容体(FcRn)がある。FcRnは主として細胞内に局在し、細胞内に取り込まれたIgG(自己抗体を含む)とエンドソーム内で結合。IgGがリソソームに輸送されて分解されることを抑制し、細胞外に再度放出(リサイクル)して、IgGの血中濃度を維持する。

 ロザノリキシズマブは、FcRnに特異的に結合し、FcRnとIgGの相互作用を阻害することにより、このリサイクルを阻害。抗体の異化を促進し、病原性IgG自己抗体を含むIgGの血中濃度を低下させる。

 米国では、オーファンと優先審査、迅速承認を利用し23年6月、世界に先駆けて承認を取得。その後、9月に日本、11月欧州で承認された。日本では上記ジルコプランと同時承認となった。


ヒフデュラ VYVDURA、❶エフガルチギモドアルファ+❷ボルヒアルロニダーゼアルファ、アルジェニクス】ヒフデュラも標的はFcRnだが、❶はウィフガート点滴静注として22年1月に承認取得済み(24年3月、一変により「慢性特発性血小板減少性紫斑病」の効能・効果を追加)。

 今回、皮下組織の浸透性を増加させるために配合された新有効成分❷vorhyaluronidase alfa(rHuPH)は、米国Halozyme Therapeutics社が開発したもの。欧米の複数の薬剤に配合されており、国内承認薬では、がん領域のダラキューロ配合皮下注(ヤンセン、ダラツムマブと配合)およびフェスゴ配合皮下注(中外、ペルスツマブと配合)に使われている。



2024年3月27日現在の情報に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。