『70歳までに脳とからだを健康にする科学』――。
一見すると中高年の健康本のようなタイトルだが、「科学」とついている通り、健康に関する生命科学を取り上げた1冊である。一口に生命科学といっても、カバーする範囲は広い。〈手法の中心になっているのはDNA、ゲノムで、医療、進化、食と健康、薬、脳、環境までを幅広く扱〉う。
本書は、前半部分がタンパク質、肥満とダイエット、筋力と体力と一般にもわかりやすいテーマ、後半が脳、バイオマーカー、最新治療とやや専門的なテーマで構成されている。
前半部分で、多くの中高年が気になるのが肥満だろう。経験則的に感じているかもしれないが、遺伝的に太りやすい人、太らない人がいる。〈太めタイプというのは食糧危機で残る生き残る方であり、やせタイプというのは現在の飽食時代に都合の良い型〉なのだ。
いまだに流行している炭水化物抜きダイエットについては、その危険性を図解で示している。確かに炭水化物を抜くと体重の減りは早い。しかし、〈摂取するエネルギー源のうち炭水化物を減らすと、死亡リスクが上がっている〉のだ。著者は〈カロリー摂取量の半分くらいは炭水化物を摂る〉を推奨している。
ダイエットで注意したいのは、〈落ちては困るところが落ちる〉問題だ。食事制限だけでダイエットした場合、女性のバスト周りなどから落ちてくることもある。基礎代謝量を維持するうえでも、運動は大事である。
著者の専門とも重なるからだろう、高齢者が気になるところの脳関連の情報は充実している。
アポEとアルツハイマー病のなりやすさの関係はよく知られるところだが、近年アポEは、〈長寿の遺伝子かもしれない〉という説があったり、〈実は、アルツハイマー病の素因遺伝子ではなく、脳の脆弱性の指標となる遺伝子ではないか〉と考えられたりしている。
以前から、ボクシングやラグビー、サッカーなど激しく頭を打つスポーツを行うとアルツハイマー病のリスクが上がるとされている。〈イギリスではアポE4を持つ人は最初からボクシングの選手になれません〉という。
■覚せい剤がうつ病治療薬に⁉
新しい治療関連の情報として気になったのが、古い麻酔薬「ケタミン」の抗うつ作用だ。米国では点鼻薬として認可されているという。
もうひとつ、現在米国で治験中の情報として掲載されているのが、サイロシビン、イボガイシ、ジメチルトリプタミン、MDMA、LSD、メスカリンといったサイケデリックスを少なく投与して、うつ病治療薬にしようというもの。
薬と毒は紙一重。認可されれば、ケタミンもサイケデリックスも今風に言う「ドラッグ・リポジショニング」の例になり得るのかもしれないが、取り扱いが難しい薬となりそうだ。
さて、大騒ぎとなった小林製薬の紅麹サプリメント問題。常々、効果や安全性の面でサプリのリスクについて言及してきたつもりだが、本書もサプリメントに関しては一貫して厳しいスタンスだ。
〈はっきり言ってしまえば、市販のサプリメントはほぼ効かず、生命科学関係のベンチャーなどはほぼすべて役に立たないかそれに近いものを扱っているにもかかわらず、それが一般の皆さんには素晴らしいもののように思われている〉
役に立たないだけならまだよいが、健康を願って摂取したにもかかわらず、亡くなったり、重篤な病気にかかったりしては泣くに泣けない。今回の問題を機に怪しげな製品が一掃され、人々のサプリメントに関するリテラシーが向上することを期待したい。
上記で紹介した以外にも、本書には生命科学に関連する知見が数多く紹介されている。近未来の医療技術を考えるうえでも役に立ちそうだ。(鎌)
<書籍データ>
石浦章一著(ちくま新書990円)