今週は10日発売の『月刊文藝春秋』に衝撃的な記事が載った。『小池百合子都知事 元側近の爆弾告発』。ノンフィクション作家・石井妙子氏が4年前、著書『女帝 小池百合子』で小池氏の学歴詐称疑惑を追及した際に、「都民ファーストの会」事務総長だった弁護士・小島敏郎氏が都知事から相談を受け、「学歴詐称工作に加担してしまった」と告白する手記を書いたのだ。石井氏の本はエジプト・カイロ大学卒業という彼女の学歴を「虚偽」とするものだが、小島氏はカイロ大学に声明文を出してもらう案を助言、その後、駐日エジプト大使館のフェイスブックにカイロ大の学長名で小池氏の卒業を認める文章が載った。小島氏は後日、知事ブレーンの元ジャーナリストA氏から、この文章はA氏が書いたものであると打ち明けられたという。
中東特有の文化事情もあり、カイロ大学そのものの公正さにも疑問が付きまとい、4年前の騒動は「グレーの印象」のまま、小池氏は危機を乗り切ったが、ここに来てさらに元側近による内部告発が出て、とうとう瀬戸際まで追い込まれた。折しも今月28日には、岸田政権の行方を占う衆議院3補選があり、東京15区では小池氏に近い「ファーストの会」副代表・乙武洋匡氏が最も知名度の高い立候補予定者と目されていた。ところが、乙武氏本人に過去の不倫スキャンダルの悪印象が予想外に残っていて、その後見人・小池知事にも今回、学歴疑惑が再燃したことで、各種の情勢調査で乙武氏の支持は低迷、当初、氏に相乗りする予定だった自民党は推薦の見送りを余儀なくされ、長崎3区に加え、この選挙区でも自民の「不戦敗」が確定的になった。
小島氏は12日に報道陣の質問に答え、国政に再度転身し女性初の総理を目指すとも言われる小池知事が「失職するかしないか(を左右する弱み)が外国に握られているとすれば国益上、非常に大きな問題だ」と指摘したという。これは実際その通りだ。疑惑のグレーが限りなくブラックに近づいて、さすがの「女帝」も正念場だ。ただ、4年前に彼女が生き延びられたのは、追及する側が事実上、石井氏と文春だけだった事情がある。今回も他メディアは「文藝春秋によれば……」と腰の引けた「客観報道」しかしていないが、NHKや主要紙は中東に支局を持ち、「いったいなぜ直接カイロ大学に取材しないのか」と今回はSNS上に批判が渦巻いている。今回もまた遠巻きに傍観を決め込むなら、さすがにもう「報道機関」という名乗りを返上すべきだろう。
『週刊文春』のLINEヤフー追及キャンペーン、韓国の親会社への情報流出を扱った前号の記事に対しては、正直さほどニュース価値を感じなかった私だが、今週の第2弾は打って変わって『ヤフーニュース』の問題を掘り下げて、とても興味深かった。結局のところ、巨大プラットフォームとしてヤフーがあまりにも強大で、各新聞社や通信社、テレビ局、その他雑誌メディア等はほとんどタダ同然、極端な低価格でヤフーに記事を買い叩かれている。その安さは、取材に必要な交通費さえ賄えないレベルらしい、精力的に取材をするメディアが激減し「コタツ記事」だらけになりつつある最大の要因は、まさにここにある。
ネットユーザーは無料で記事を読むのが当たり前と思い、プラットフォームもその独占的地位を利用して記事を買い叩く。こんな状況が続くなら、現場に足を運び、関係者と面会する「真っ当な取材活動」はやがて滅び去る。文春記事によれば、ヨーロッパの国々では記事提供メディアとの使用料協議に誠実に応じないグーグルに制裁金を課す動きも出てきているという。日本でも何らかの対応は必要だ。私自身は新聞社や通信社、あるいは文春など「足を使って取材をするすべてのメディア」は一致団結してヤフーやグーグルへの記事提供をやめ、取材メディアによる記事を網羅したサブスクのサービスを作るべきだと思う。無料で読めるのはコタツ記事オンリーにする。ちゃんとした取材記事はサブスクの利用料を払う人にだけ提供する。おそらくこの二極化を目指さない限り、国内の取材メディアに生き残る道はない。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。