令和5(2023)年度、国内で承認された医療用医薬品123品目(承認事項一部変更承認を含む)で希少疾病用医薬品の指定を受けていたものは34品目と、全体の3分の1弱を占めた。そのうち新有効成分含有医薬品(NME: New Molecular Entity)は15品目だった。

 今回は❶希少疾病用医薬品の指定を受けていたNMEsのラインナップ、❷日本における希少疾患薬開発の課題、❸注目の薬剤(標的とモダリティの異なる家族性高コレステロール治療薬2品目)についてまとめた。


■薬価収載済みの全品目に加算

 開発の過程で厚生労働大臣から「希少疾病用医薬品」の指定を受けていたNMEsをに示す。


【難病関連薬】15品目中7品目の対象疾患が指定難病であり、指定難病ではないシスチン症を含めた7品目が「国内患者数1,000人程度未満」が目安とされる「ウルトラオーファンドラッグ」だった。


【開発分野】血液が4品目、神経・筋、がん、感染症が各2品目、呼吸器、代謝、遺伝子異常、眼、免疫が各1品目だった。


【製造販売元:内資系企業も健闘】全13社中5社が内資系企業(ノーベルファーマと武田が各2品目)。また、アレクシオンファーマ(海外ではAstraZeneca Rare Diseaseを併記)とUltragenyxは希少疾患治療薬への特化を謳う企業。なお、エヴキーザは米国Regeneron社、ゾキンヴィは米国Eiger社、レズロックは米国Kadmon社(親会社サノフィ)創成の薬剤だ。


【薬価と加算:収載済み全品目に加算】〔以下、中医協総会資料に基づく〕下表の15品目は「希少疾病用医薬品」の指定を受けており、薬価収載済みの8品目中6品目(エヴキーザとフェトロージャ以外)は市場性加算(Ⅰ)の要件を満たすとされた。

 有用性加算(Ⅰ)の加算率が高かった品目はA=45%のゾキンヴィ(適応症:早老症/ 理由:標準治療法が確立されていない致死的疾患に対し臨床試験等から有効性を期待)とレブロジル〔適応症:骨髄異形成症候群(MDS)/ 理由:対象疾患において約9年4ヵ月間、新規作用機序の新薬収載がない、既存の治療法で効果不十分な患者への効果を確認〕、A=40%のボイデヤとエヴキーザだった。


【市場規模予測:ピーク時100億円超が2剤】「新薬収載希望者による市場規模予測」でピーク時の予測販売金額が大きかったのは、リスティーゴ(適応症:全身型重症筋無力症/ 10年度にピーク、投与患者1,300人、204億円)、レブロジル(適応症:MDS/ 10年度、2,700人、123億円)だった。


【承認時期】15品中10品目が米国または欧州での既承認薬だった。




日本は指定のハードルが高い?

【開発要望と公的支援】23年度に承認を受けた前述の15品目のうち、「医療上の必要性が高い未承認薬・適応外薬」として開発要望があったものは、サルグマリン(適応症:自己免疫性肺胞蛋白症/ 要望者:日本呼吸器学会、以下同)、ゾキンヴィ(早老症/ 厚労科研「早老症のエビデンス集積を通じて診療の質と患者QOLを向上する全国研究」研究班)、シスタドロップス(シスチン症/ 日本先天代謝異常学会、シスチノーシス患者と家族の会)だった。

 アセノベル(遠位型ミオパチー)は、国立精神・神経医療研究センターおよびNPO法人遠位型ミオパチー患者会から開発要望があり、開発過程で、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、科学技術振興機構(JST)、文科省、厚労省、日本医療研究開発機構(AMED)の事業となり、医薬基盤研究所(NIBIO)の支援を受けた。なお、同剤に加え、シスタドロップス(シスチン症)とサルグマリンもNIBIOの「希少疾病用医薬品等開発振興事業」として支援を受けた。


【希少疾病用医薬品等の指定制度】わが国の「希少疾病用医薬品・希少疾病用医療機器・希少疾病用再生医療等製品の指定制度」では、❶対象者数(本邦において対象者数が5万人未満、指定難病の場合は人口の概ね千分の一程度まで)、❷医療上の必要性、❸開発の可能性の3点に基づき、希少疾病用医薬品等を指定している。指定品目一覧は、医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)の「希少疾病用医薬品等開発振興事業」のサイトで確認できる。

 指定を受けた医薬品等に対する支援措置は、①NIBIOHNを通じた助成金の交付、②厚労省、医薬品医療機器総合機構(PMDA)、NIBIOHNによる指導・助言、③税制措置(①の額を除く試験研究費総額の20%を税額控除額として算定可)、④優先審査および承認審査に係る手数料の減額、⑤再審査期間の延長(最長10年間)となっている。


【指定制度の課題】日本製薬工業協会は、薬事委員会 申請薬事部会委員メンバー会社59社を対象にアンケート調査を行った(調査期間20年9月15~30日)。回答した58社の内訳は、内資系40、外資系(欧州)9、外資系(米国)9。20年1月以降に指定相談を行った191品目について聞いた。

 要件を「満たさない」とされた86品目について想定していた指定のメリットは、「優先審査」77品目が最も多く、次いで「最審査期間の延長」52品目、「薬価算定における市場性加算」36品目の順だった。「満たさない」とされた理由は、上記❷「医療上の必要性」64品目が最も多かった。

73品目(85%)は、指定されなかったことが、その後の開発計画に影響を与えなかったものの、「開発の優先順位が下がった」「日本が国際共同治験に参加できなくなった」「開発自体を中止した」などのケースもあった。

 一方、「満たす」とされ指定を受けた105品目について、指定相談の際に使ったデータはPhase3が49件、Phase2が44件。国内で指定された時点で、欧米で既に希少疾病用医薬品に指定されていたのは73品目(70%)だった。国内での指定から承認申請までの期間は、「3ヵ月未満」の申請直前指定が31品目(38%)と最多で、12ヵ月以内が75%を占めた。しかし、他の25%は13ヵ月以上であり、「37ヵ月以上」も5品目あった。

 回答した企業からは「開発早期の段階で既存薬に比して著しい有効性・安全性を検証的試験結果で示すことは困難」「欧米のように希少疾患自体を指定要件とする/ 開発のより早期に得られるデータで指定を可能にすることなどが開発促進につながる」「相談のタイムラインを明確かつ簡素化してほしい」「開発に係る計画が妥当と認められるために時間を要している」などの意見が寄せられた。


【日米欧における希少疾病用医薬品の指定・承認件数】各地域の推移を見ると、指定数においては米国が日本の10倍超、欧州が5倍超だが、承認数はそれぞれ日本の約3倍、3分の2以下となっている。欧米では指定の間口が広い半面、特に欧州では承認が絞り込まれている。一方、日本は指定数と承認数が比較的近い。

 23年度に国内で承認されたNMEs15品目のうち承認申請日が明らかな13品目について調べると、申請から承認まで9ヵ月以内が10品目(中央値8ヵ月)だった。希少疾病用医薬品指定から承認申請までは0ヵ月(指定同月に申請)から28ヵ月までさまざまで、一定の傾向はなかった。




高コレステロール血症治療薬の多様な標的

 同様の疾患・病態が対象でも、希少疾病用医薬品の指定を受けて開発する場合もあれば、そうでないケースもある。ここでは、23年度に承認されたNMEsの中から、家族性高コレステロール血症(FH:familial hypercholesterolemia)に関わる2品目を紹介する〈表〉


【FHの概要と治療薬の発展】FHは、❶高LDL コレステロール(LDL-C)血症(成人で未治療時180mg/dL以上)、❷早発性のアテローム動脈硬化性心血管系疾患(ASCVD)、❸腱・皮膚黄色腫(手背、肘、膝等またはアキレス腱肥厚)を3 主徴とする、常染色体優性の遺伝子疾患。両親由来の遺伝子異常がいずれか一方にのみ認められる場合が「ヘテロ接合体」型(HeFH)、両方にある場合が「ホモ接合体」型(HoFH)。HoFHは指定難病で、22年度の特定医療費受給者証所持者数は398人だった。

 血清総コレステロール値の平均は、HeFHが320~350 mg/dLと非FHの約2倍、HoFHではさらにHeFHの約2倍となる。通常血漿LDLの約70%が肝臓で代謝されるが、HoFH患者は肝臓での LDL 代謝が正常の約10%に低下しており、低下の程度に反比例して血漿 LDL-C濃度が上昇(基準値60~140mg/dLに対し、>500 mg/dL)。血管壁へのコレステロールの沈着リスクが高まり、若年から高 LDL-C血症を示し、それに起因する若年性動脈硬化症が冠動脈を中心に好発する。HoFH患者に対してはスタチンなどのコレステロール低下薬がほとんど奏効せず、血漿交換法でもLDL-C値コントロールが困難で動脈硬化が進行してしまうことが多々ある。

 FHの大部分は血中LDL-Cの異化を担うLDLRの異常が原因だが、他にも関連する多くの遺伝子変異が同定されている。その種類は世界で2,000種以上、日本でも100種以上が報告されている。これまで、アポリポタンパクB、PCSK、アポリポタンパクC3、ANGPTL3、LDLRAP1(LDLRアダプタータンパク1)などの変異が創薬の標的とされてきた。FHにおける遺伝子異常の発見は、FHに限らず脂質異常症治療薬の開発に活かされてきた〔医学と薬学. 2022; 79(10):1293-8〕。


エヴキーザエビナクマブ、Ultragenyx/ 2023年11月に希少疾病用医薬品指定】エビナクマブは、ANGPTL3に特異的に結合して阻害する、遺伝子組換えヒト化モノクローナル抗体。既存の薬剤と異なる新規の薬理作用に加え、最大耐用量の脂質低下療法で効果不十分な患者に対して臨床試験で有効性・安全性が確認されたことから、有用性加算(Ⅰ)(A=40%)、市場性加算は非該当、臨床試験における日本人被験者数から評価は限定的であるものの、小児(5歳以上)に関する用法・用量が含まれていることから、小児加算(A=10%)が認められた。ピーク時に予測される販売金額と投与患者数から単純計算すると、患者一人当たり5,500万円弱となる。


レクビオインクリシランナトリウム、ノバルティス】インクリシランは、LDLR分解促進タンパク質PCSK9のmRNAを標的とする核酸医薬(低分子干渉RNA)。「この製品を通じて(VIO)」「LDLを正常レベルに戻す(LDL Equilibrium)」が名称の由来という。

 適応症は「FH、高コレステロール血症」とエビナクマブより広いが、投与は「心血管イベントの発現リスクが高い」かつ「HMG-CoA 還元酵素阻害剤で効果不十分、またはHMG-CoA 還元酵素阻害剤による治療が適さない」場合に限られる。新薬収載希望者(企業)は、ピーク時の投与患者数予測を2.9万人としており、規模としては希少疾患レベルだ。

 PCSK9を標的とする既存薬(モノクローナル抗体)としては、レパーサ(エボロクマブ、アムジェン-アステラス)があるが、2週間または4週間に1回皮下投与。一方、インクリシランは、1回300mgを初回と3ヵ月後に皮下投与し、以降は6ヵ月に1回の投与間隔となる。既存の薬剤と異なる新規の薬理作用に加え、投与間隔が長く患者の利便性が高いことが評価され、有用性加算(Ⅰ)(A=40%)が認められた。ピーク時に予測される販売金額は195億円で、投与患者数から単純計算すると、患者一人当たり約67万円となる。

 

 「脂質異常症改善薬の臨床評価に関するガイドライン2020」では、脂質異常症を治療する主たる目的を「脳疾患イベント(心血管死、心筋梗塞、冠動脈血行再建の実施、脳卒中)の抑制」としている。FHはその目的の重要性を痛感させられる疾患だ。高コレステロール血症の治療の転換点となったスタチンの誕生から半世紀を経て、治療標的やモダリティが多様化・高度化する一方で、根拠曖昧な製品と未病の人たちが「健診で“悪玉コレステロール高め”を指摘されたから手軽なサプリを漠然と飲む」行動が健康被害をもたらしたことを、とても残念に思う。



2024年4月28日現在の公開情報に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。