今年のゴールデンウイークは10日間の大型連休だったため、議論がどこかに飛んで行ってしまいそうだが、「子育て支援負担金」問題に目を向けてみたい。言うまでもなく、子育て支援は人口減少が顕著になったため、急遽、子育てを支援して人口減少を止めようという政策だ。だが、人口が減少に転じたのは30年以上も前。ホントはその頃に手をつけるべきだったのではなかろうか。30年前の首相は誰だったのだろう。


 しかし、日本の人口問題を考えると面白い。日本史の専門家ではないから詳しくは知らないが、戦国時代は確か日本の人口は4000万人くらいだったと記憶している。徳川時代の270年間は概ね平和な時代だった。戦は天草四郎の乱くらいしかない。おかげで日本の人口は増え続けていたようで、明治に替わったときの人口は8000万人前後だったのではなかろうか。


 ところが、である。面白いな、と思うのは、昭和になった頃から政府、軍部は「1億の民が食べて行くためには満州が必要だ」と叫び、満州国を建設、500万人が開拓団となって移住したといわれている。従って人口は1億人を突破していたようだ。当時の政府は「王道楽土の建設」を呼号していた。現在の日本の領土では1億人は生きていけないはずだった。


 その後、太平洋戦争に突入。すると、戦争継続のために「産めよ、増やせよ」と呼号した。戦後のベビーブームはこのときの産めよ、増やせよ、の落とし子だ。


 だが、太平洋戦争に敗戦……。満州に取り残された開拓民は命を落とした人も多かったし、生き延びた人たちも命からがらなんとか本土に逃げ延びられた人たちだ。政府を信じ、満州に渡ったのに、その苦難に対して誰も責任を負っていないし、負おうともしない。


 次は戦後だ。満州から、南方から次々と引き揚げが始まった戦後は、狭い日本列島に1億人を超える人口を抱えて生きていけるのか、という問題が提起された。実際、日本の人口密度は世界一だった。だが、戦後の日本は工業化によって「世界の工場」になり、1億3000万人が食べていけるようになった。それは人口過密の問題を抱える発展途上国に対して「世界のモデル」とも言われた。


 ところが、である。今度は数年後には人口が1億人を切る、どうやって食べていくのか、というわけである。少子化対策と言われて笑うしかない。


 それはともかく、子育て支援策として児童手当の増額、子供が誰でも通園制度などに支出する。その財源に個人、企業が負担する医療保険に支援相当額を負担させる、というのだ。早速、新聞テレビでは会社員は月1人800円の負担になると批判し、政府は給付を強調している。


 それにしても上手い手法を考えたものだ。岸田文雄首相は「増税メガネ」と言われているだけに増税は避けたかったのだろう。「増税はしない、国民1人当たり500円の負担で費用は財政改革で捻出する」と言い続けた手前、捻出方法には苦労したのだろう。たぶん、頭のいい財務省が知恵を絞った末、保険料に上乗せする案を編み出したのだろう。


 だが、これはどう見ても実質的な医療保険の増額だ。医療保険はあくまで医療に限ったものだから、その医療保険を増額して、増額分を子育て支援に使うというのは理屈に合わない。そもそも健康保険組合はどこも赤字を抱え、保険料の増額も考えに入れなければならない状態なのに、勝手に増額して、その増額分を他の目的に使うというのは理に合わない。それをよしとしたら、防衛費も国民の生命を守るものだと言い募り医療保険から流用してもおかしくないことになってしまう。


 それにしても、実にうまい方法である。問題にしているのは野党とマスコミだ。財界、企業経営者は増税には文句を言うが、今回の子育て支援金は問題視していない。それを見越したテイのいい「増税」だ。


 というのも、確定申告をした人なら気付くだろうが、医療保険は介護保険とともに社会保障費である。基礎控除や扶養控除とともに利益から差っ引く控除であり、それを差し引いた残りが営業利益であり、所得税・法人税がかけられる。東日本大震災の復興税は所得税を算出した後に少しばかり課税するものだが、子育て支援金負担は税引き前の控除額である。企業が問題視しないのもこのあたりの理由によるものだろう。


 つまり、儲かっている企業にとっては利益から差っ引く控除額だから法人税が減るだけである。法人税を払っていない赤字の企業にとっては帳簿上、赤字額が増えるだけで、将来、利益が出て税金を払う時期を数年遅らせる効果がある。ただ、国民は生まれたばかりの赤ちゃんから死にそうな老人、病人までが負担することになるが、毎月の給与明細を見て、健康保険額はずいぶん多いなぁ、と思うくらいで、大して文句を言わないだろう、という発想なのだろう。


 しかし、この医療保険で捻出するという方法は邪道だ。法人税を減らしてでも目的の資金を得ようというものだからである。財政再建にも反する行為だ。必要な資金なら国民にきちんと説明して増税すればいいだけのことである。増税メガネと言われたくないなら無駄を省けばよい。毎年、会計検査院が無駄だと判断している金額は多いし、今回の子育て支援金くらい賄える。考え出した財務官僚は国民に奉仕するとした官僚失格である。


 もうひとつ言えば、この岸田内閣の子育て支援金はバラマキである。実は、もう40年近く前になると思うが、フランスが人口減少に悩んだことがある。最近、また減少しているらしいが、かつて少子化を止める方法としてフランス政府は幼稚園、小中高校を無料化した。子育て中の家庭の負担を減らす方法で、数年がかりで少子化を食い止めた事実がある。


 ところが、日本では東京都が子供の教育費を無償化しているのに、岸田内閣は支援金だと言って、ステルス増税をして支給しているのだ。話が、いや、立場が逆なのである。政府は自治体に代わって子育てに負担の多い教育費を負担し、自治体が出産にお祝金なり、出産費用を負担すればよいのだ。自治体の子育て支援策よりレベルが低い。岸田内閣の支持率が20数%と低いのも当然だ。


 いや、まだ20%もあるのが不思議なくらいだ。岸田首相は安倍晋三内閣が種々の補助金をバラ撒いて選挙に勝ってきたことを真似るべきではない。いや、まともな政治家がやるべきことではない。