おカネはあっても、腎臓や肝臓といった臓器が不全となり、臓器移植しか治療の手段がない人がいる。ただ、臓器移植のハードルは低くない。そもそもぴったり合う人が見つからない可能性もあれば、高額の医療費が負担できないケースも多い。日本や他の先進国で合法の臓器移植を受けるのは簡単ではないのだ。


 一方、貧しい国には、自らの臓器を売ってでもカネを得たいと思う人がいる。


 こうした人々を結び付けてきたのが、いわゆる「臓器ブローカー」である。倫理上の問題で、多くの国で臓器売買は禁止されているが、あの手この手でルールの網の目をくぐり、巨額のカネが動く臓器移植、つまり「臓器売買」を仲介する。


「安いニッポン」と言われて久しいが、世界を見渡せば日本はまだまだ相対的に豊かな国である。かねて日本でも非合法の臓器移植が話題に上ることはあったものの、噂レベル。その実態に迫ったのが、『ルポ 海外「臓器売買」の闇』である。


 海外の支局網を活用したり、海外への現地取材に飛べるのは大手新聞社ならではだが、端緒となったOBからの疑惑に関する情報提供から、丹念に取材を進めていく様は、調査報道の格好のケースでもある。報道までの過程や舞台となったNPO法人「難病患者支援の会」(許可なく移植をあっせんしたとして理事長が逮捕)の危うい組織運営、新興国での移植医療の実態は本書を読んでいただくとして、いくつか気になった点があった。


 ひとつは、NPO法人「難病患者支援の会」の実態が、所轄庁(東京都)により、きちんと把握されていなかったことである。東京都は数が多いとはいえ、NPOは税制上の恩典も受けている。一度認証されたら、ほったらかし。紅麹問題で機能性表示食品に一斉点検が行われることになったが、同じ構図なのだろう。


「認証」を受けていることで、一般の人には「お墨付き」の印象を持たれることがある。実際、〈患者の多くは、公的機関から認証を受けたNPO法人であることを理由に、NPOを信用して移植の仲介を依頼していた〉という。あらゆる組織は時間とともに、収支構造など、そのあり様が変わってくる。定期的にきちんと調査や監査をする仕組みが不可欠だ。


 こうした団体に臓器移植を申し込む患者側の危機管理にも疑問がわいた。違法性の認識の有無は別にしても、本書にあるように、今どき詳細が明かされない取引、医療水準が疑われる国での手術など、怪しい点はいくつもある。傍から見れば、なぜこんな組織に依頼した?という印象を受けるが、仲介する側が患者に対して危険性をきちんと伝えていなかったため、リスクを過小評価した可能性もある。


■手術に成功しても通院できないリスク


 本書で改めて認識したのが術後のリスクだ。患者が臓器ブローカーを介した臓器移植を海外で受けた場合、手術がうまくいかなかった場合はもちろん、うまくいった場合でも、重大なリスクを伴うことになる。


 正規のルート以外の方法で、〈海外で臓器移植を受けた患者は、命に関わる緊急性のある場合を除き、診察に難色を示されたり、断られたりするケースが多い〉からだ。手術がうまくいっても、臓器移植を受ければ通常は免疫抑制剤の服用など、帰国後に継続的な通院が必要になる。報道により臓器売買の問題点が広く認識された。正規ルート以外で臓器移植した場合、通院拒否される可能性はより高まった。


 印象的だったのは、NPO法人「難病患者支援の会」の理事長が逮捕された後に、患者のひとりが呟いた一言だ。


〈私のように移植を待つ患者からすると、何かが解決したわけではないんですよね……〉


 そもそも、臓器ブローカーが跋扈する背景には、国内で臓器移植が受けにくいという根本原因がある。日本臓器移植ネットワーク(JOT)のウェブサイトによれば、臓器移植を希望して待機している2万6000人に対して、移植を受ける人は年間600人。


 1997年の臓器移植法の施行によって、脳死の患者からの臓器提供が可能になったが、その数は1063件にとどまっている(JOT公表、2024年5月10日現在)。


 臓器提供が少ない背景には、文化や宗教観、死生観などを原因とする向きもあるが、国の取り組み次第で劇的に増えるケースもある。お隣の韓国では2011年に脳死患者の通報制度を義務化して、わずか5年でドナー数を倍増させたという。


 遅ればせながら日本でも、脳死が疑われる患者情報を病院間で共有する仕組みが導入される。再生医療による臓器の作成や動物からの異種移植(と書いているなか、ブタの腎臓移植をした男性が死亡したニュースが飛び込んできた)は、実現するにしてもまだ先の話。日本国内での臓器提供の啓発や仕組み作りが急がれる。


<書籍データ>

ルポ 海外「臓器売買」の闇

読売新聞社会部取材班著(新潮新書902円)