『週刊文春』に連載されている能町みね子氏のコラム「言葉尻とらえ隊」は今週、「読売新聞150周年コピー 読売新聞を、信じてもいいですか」というタイトルで、読売記事をめぐるちょっとした騒動を取り上げている。タイトルにうたわれた同社のCMそのものを私は知らなかったので、検索してみると、森の中を歩く少女のモノローグで次のような言葉が流される。


「150年の歴史があるっていうけど、いちばん読まれている新聞って聞いたけど、プロの記者が丁寧に取材するっていうけど、記事をめぐって本気で議論しているらしいけど、おじいちゃんはずっと読売新聞だけど、私の周りは情報だらけなんだけど、読売新聞を信じてもいいですか」


 正直、何だかなぁ、というCMだ。なまじ結びのひとことだけ謙虚な表現にしたことで、そこに至る「自画自賛」のてんこ盛りがこってりと胃にもたれる。で、能町氏はこの問いかけが皮肉に思える事例として、先の小林製薬・紅麹事件の報道で捏造コメントが発覚したケースに触れたあと、「これより“重罪”だと感じた捏造疑惑」として1月の能登地震の際、避難所となった穴水高校で発生した「自販機破壊事件」の報道を論じている。


 結論から言うと、この出来事は停電により飲み物が手に入らない状況下、避難者たちが緊急措置として校内の自販機を破壊、中にあった飲料を分け合ったという話だが、いち早くこれを報じた読売は、あたかも外部から来た集団が「火事場泥棒的に」自販機から飲料と現金を盗んだというニュアンスで記事にしたのだった。


 これに対し、地元紙などは部外者による窃盗などではなく、大勢の避難者が合意して取った措置であったこと、自販機内の現金はきちんと警察に預けたこと、自販機所有者の北陸コカ・コーラ社は弁済を求めてはいないこと、そういった実情を改めて報道した。すると読売は一報記事をネットから削除、しかし「非常時とは言え器物損壊に当たるのでは」と違った角度から続報を書き続けた。


 地震直後、ネット上では関東大震災のときのデマ同様、「外国人窃盗団が被災地を荒らしまわっている」という人種差別的な「噂」が飛び交って、有名人のSNS書き込みが炎上する事態も発生した。読売の一報はまさにそうした流れに油を注ぐ格好になったのだが、その責任についてはうやむやに誤魔化して論点をずらしたのだ。


 私自身が読売のCMコピーに複雑な思いを抱くのは、何よりも加計学園疑惑の際、官邸に不利な証言をした前川喜平・元文科相次官の「出会い系バー通い」を1面で大々的に報道した「政権によるネガキャンへの加担」を記憶するからだ。この店で不良少女らを買春した疑惑を本人は否定、『週刊文春』も店で氏と話をした女性らを突き止めて取材をし、読売の言う「買春疑惑」を否定する検証結果をまとめたが、何よりもこのケースが異様だったのは、現職でもない「元」政府高官が万が一、性風俗店で買春をした事実があった場合でも、通常なら全国紙の1面には載らず、社会面のベタ記事にさえなるとは思えないことだ。新聞やテレビ・通信社の報道で(産経新聞はよくわからないが)この線引きを逸脱した報道を私は見た記憶がない。


 つまり、政権に不利な証言をする前川氏の社会的信用を地に落とす、そんな思惑を持つ政権や公安のリークに乗り、通常では絶対にあり得ないトップ級のニュースとして、一介の元官僚の「下半身疑惑」を読売は報じたのだ(しかも文春検証によれば記事内容そのものも誤報の疑いが濃い)。政権に近い読売のような媒体には、能町氏のコラムのようなチクチクした批判がある以外、大バッシングと直面する場面はほとんどない。ただ、そういった立ち位置に安住して、自らの黒歴史をネグり続けるなら、「信じてもいい」メディアとは到底呼び得ないだろう。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。