反中・嫌韓記事をはじめとする“ネトウヨ的ヘイトテーマ”や安倍政権・タカ派路線との距離感、あるいは健康・芸能・セックス記事におけるシニア読者への迎合ぶりといったポイントを注意深く見てゆくと、近年の週刊誌論調には著しく一貫性が欠け、場当たり的に誌面を作っている印象が拭えない。


 根本にはもちろん出版不況があり、ネットでの極論・暴論とリアル世論との狭間で揺れ動き、“売れ筋の論調”をなかなかつかめずにいる苦悩が、そのままに現れている。


 主要4誌では、週刊新潮が最も落ち着いて見えるが、月刊誌『新潮45』に高級誌化をめざす路線変更があり、週刊にも同様の志向が時折、感じられるものの、常連の右翼タカ派執筆陣の色合いがあまりにも強く、ちぐはぐな印象を免れずにいる。


 他誌はより極端で、リベラルを掲げる現代が、売上げにつながる「反中・嫌韓」を手放そうとせず、タカ派雑誌『サピオ』と同じ版元のポストが、リベラル風の安倍批判で頑張ったりもする。


 そんな観点で言えば、総合週刊誌の雄・文春も例外ではない。今週の目玉は「芥川賞記念 総力特集」であり、自社で発掘した・ピース又吉氏の大特集記事を掲げている。もちろん、この又吉氏、とても興味深い人物ではあるのだが、一行たりとも批判や皮肉のない“大絶賛記事”であることが、読む前からあからさまだと、正直、週刊誌記事としてはなかなか食指が動かない。又吉氏の責任ではないのだが、あの“作家タブー”で異様な守られ方をした百田尚樹氏の悪夢が脳裏を過ってしまうのである。


 年初から異様なまでの“寄り添い方”をした安倍政権との蜜月は、安保法案採決の少し前、突然に“破局”して、文春は批判論調に転じている、だが、ここまでの“ベッタリ感”があまりにも露骨だったため、苦々しい後味は未だに拭われない。首相の“お仲間”のコラム執筆者・飯島勲氏は今週も相変わらずつまらぬ擁護記事を書いている。


 かと思えば、著名人の半生を聞く名物企画『新・家の履歴書』では、なぜか伝説のパンクバンド「ザ・スターリン」の遠藤ミチロウ氏を取り上げ、学生運動の体験や反原発に向けた思いを存分に語らせている。おそらく、担当編集者の趣味なのだろうが、こんなサヨクっぽい人選をして果たして大丈夫か。編集長の機嫌を損ねてしまわないものか。余計なお世話だが、ちょっと心配になる。


 文化欄の取材記事では、やはりリベラルな作家・石田衣良氏を取り上げ、保守系の評論家・適菜収氏は左右メッタ斬りのコラム『今週のバカ』で石原慎太郎氏を情け容赦なくこき下ろしている。


 筆者の好きなテレビコラム『テレビ健康診断所』の青木るえか氏は、問答無用の「生理的嫌悪感」だけで、中学校の新必修科目「ダンス」を拒否。Eテレの番組でヒップホップダンスを習う子供たちの「目の輝き」に、理不尽とも言える「ゲンナリ感」をぶつけていて、なぜか嬉しくなる。


 終盤には韓国人元慰安婦女性の単独インタビューもある。証言の目玉は、韓国の支援団体・挺対協への身内からの批判だが、同時に、彼女自身が振り返る悲惨な慰安婦体験や日本政府への恨みも語らせている。文春にしては気持ちが悪いほど、バランスのとれた記事になってしまっている。


 今週号の文春は、そんなところだ。瞬間的な状況かもしれないが、エアポケットのように方向性を失った状況下で、各編集者がめいめい好き勝手に記事を作っている感じがする。そして、私自身は一読者といて、こういう無秩序さが嫌いではない。


 週刊誌の現場では、編集長が専制君主であり、主要記事の論調はトップダウンで否応なく決定する。だが、今週号のように、担当者一人ひとりが勝手に作ってしまう誌面もまた、これはこれで面白い。売上げにつながるかどうか、となると、極めて心許ないが……。 


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町:フクシマ曝心地の「心の声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。