インターネットが私たちの社会にもたらした弊害のひとつは、各ジャンルで積み重ねられてきた専門的な知見が軽んじられ、質の低い素人論議が時にそれをしのぐ支持を得ることだ。「論破王」なる空疎な称号を見聞きするたびに、それを痛感する。「ネット論壇」の中だけの現象ならまだいいが、最近はそういった風潮に、リアル社会の政治まで浸食され始めている。
今週の『週刊文春』は「『民主主義への挑戦』警視庁が50人で異例捜査 つばさの党アジトに潜入90分」と銘打って、先の衆院補選(東京15区)で対立候補各陣営の街頭演説を「襲撃」しまくって党代表や候補者など3人が逮捕された「つばさの党事件」の特集記事を掲載した。
記事によれば、今回の事件を引き起こした面々は東京都練馬区の一軒家に10人ほどの集団で寝泊まりするグループだという。党代表の黒川敦彦容疑者は大阪大学工学部を卒業し、ベンチャービジネスや不動産の営業マンなどを経て、加計学園問題を追及する市民団体を設立。5年前、独自の政治団体「オリーブの木」を立ち上げて計10人の候補者で参院選に挑戦し(全員落選)、その後党名を「つばさの党」に変更した。一時はあのNHK党に合流して活動したこともある。
練馬区の「アジト」は黒川容疑者の支援者が所有するもので、記事ではこの人物や黒川氏の内縁の妻などにインタビューしているが、このカルトめいたグループの活動理念に関しては、その有無も含めて具体的な説明はない。記事の印象では、短期間ながら国会議員の座を射止めたNHK党のガーシー氏と同様に、売名を収益につなげようとする迷惑系ユーチューバーのような存在にしか映らない。
かたや、今週の『週刊新潮』は「『小池百合子』の東京都知事選に殴り込み ネットが生んだ異形のニューカマー広島・安芸高田市長『石丸伸二』とは何者か」という記事を載せた。京都大学卒、元UFJ銀行員という41歳の人物。4年前、出身地の市長選で支持を受け当選した点で、つばさの党と同一視はできないが、その全国的人気のきっかけとなったのは、異様なほど激烈な言葉で市議などにケンカを吹っ掛けるユーチューブ動画の話題性だった。
記事によれば、この公式動画により石丸氏には熱狂的なファンが形成され、その「政敵」たる市議宅には頼んでもいない商品が届いたり、嫌がらせ電話がかかってきたりするようになったという。新潮の取材を受け、当の石丸氏は「ダメなのは誹謗中傷や犯罪行為そのもの。その責任を(私自身の)“切り抜き動画”にまで求めるのは、訴求しすぎじゃないかな」「(市議が能力を叩かれても)同じ(市政という)リングに立つのであれば、言い訳はできないでしょう。力のある側の問題ではなく、力のない側の問題です」と「論客ぶり」を発揮している。
つばさの党やこの石丸氏、あるいはNHK党などに感じるのは、政治の世界で果たそうとする理念や理想が不明確なまま、その攻撃性や「論破術」ばかりが注目される異様さだ。ある意味、それはアメリカのトランプ前大統領、あるいは大阪府の元知事・橋下徹氏の人気にも重なる面があり、敵を敢えてつくりこれを叩く「痛快さ」を売りにする人々の増加には、やはり何らかの「病んだ世相」を感じざるを得ない。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。