体の不調を抱えたとき、鍼・灸までとはいかなくても、漢方薬などで回復した経験を持つ人は少なくないだろう。コロナ禍でも、葛根湯や麻黄湯などいくつかの漢方薬が話題になっていた。治療とはいかないまでも、誰しも肩こりや腰痛で、ツボ押しをやった経験があるはずだ。


 もっとも、なぜ効くのか?については、謎の部分も多い。


『東洋医学はなぜ効くのか』は、経験・帰納法的なアプローチの東洋医学を、論理・演繹法的な西洋医学のアプローチで、そのメカニズムを解き明かす1冊だ。


 近代西洋医学と代替療法や伝統医学などを組み合わせて行う統合医療が注目されているからか、近年、〈原点に書かれた理論とは異なるアプローチで東洋医学をとらえる・研究するという手法が注目を集め、そのメカニズムの解明が進んでいる〉という。


 個々のメカニズムに関しては、本書を参照していただきたいが、いくつか本書で注目したポイントを紹介しよう。


 ひとつは、鍼灸でヒトの体に産生される「内因性オピオイド」。オピオイドと聞いてピンと来た人も多いだろうが、モルヒネなど強力な鎮痛薬と知られる物質だ。鍼灸の刺激によって、内因性オピオイドが分泌されて鎮痛効果が生まれるのだという。


 詳しいメカニズムの解明については、これからの部分も多いが、鍼や灸の治療を受けたあとの鎮痛効果と鎮痛の持続期間を思い起こして妙に納得がいった。


 マッサージやタッチケアなどちょっと軽めの刺激では、「幸せホルモン」として知られる「オキシトシン」の分泌が高まるという。マッサージの後の多幸感は、オキシトシンの効果なのだろうか?


 東洋医学と言えば、アジアの「専売特許」と考えられがちだが、欧米でも関心が高い。米軍では鎮痛薬以外の治療の選択肢として耳のツボでの鍼治療が行われているほか、イギリスの研究では、鍼治療のうつ病患者への効果が確認された。


■解剖学的に証明された「足三里」の神経構造


 松尾芭蕉の『おくのほそ道』の序文にも登場するひざ下の「足三里」は、疲労や胃腸などあちこちに効くとして、よく知られた「万能ツボ」だが、米ハーバード大学と中国の復旦大学の共同研究チームにより、抗炎症作用をもたらす独特の神経構造が発見された。


 足三里の神経構造は、ツボの周辺や他のツボとも異なっていて、この発見は〈世界で初めて精緻に示されたツボの「解剖学的な証拠」として、中国をはじめ世界中で大きな反響〉を呼んだとか。メカニズムを知ると、より効いている感じがしてくる。


 近年、科学的に解明が進みはじめた東洋医学だが、その特性ゆえに効果の証明の難易度は決して低くない。


 例えば、鍼治療の臨床試験。プラセボ群は、偽鍼を用いたりツボの位置からずらすなどの方法で行われているが、〈鍼による治療効果につながる生理学的反応は、必ずしも皮膚を貫く必要はなく、偽鍼を使った鍼治療でも真の鍼治療を行ったときと同じような効果が得られてしまうことが〉あるという。前述したようにオキシトシンは軽い刺激で分泌される。


 漢方薬は通常、複数の薬効成分がある原料からつくられる合剤だが、薬効成分の相互の作用などもあり、通常の西洋薬で用いられる単剤よりも、その効果を証明していくのは難易度が高い。漢方薬の処方の決定に用いられる「証」など、西洋医学の考え方では説明しにくいものもある。


 ただし、本書に登場する「加味帰脾湯」のように、3つの生薬の組み合わせの効果が科学的に確認されたケースもある。日本は〈鍼灸や漢方医学の一部が健康保険の対象となっている世界的にも珍しい医療制度をとる国のひとつ〉。科学の進歩により、メカニズムが発見され、応用範囲が広がっていくことに期待したい。


 なお、一般に東洋医学は効き方がマイルドかつ副作用が少ないイメージがあるが、〈漢方薬は慢性的な症状だけでなく、古くから急性疾患にも使われてきた〉〈鍼灸を足や手に行っただけなのに、疲労感や眠気など全身性の副作用が出ることも〉といった部分もある。


 加えて、いかがわしい類似の治療や薬、サプリメント、健康食品もある。東洋医学に詳しい医師や薬剤師などに相談して治療するのがよいだろう。(鎌)


<書籍データ>

東洋医学はなぜ効くのか

山本高穂、大野智著(講談社ブルーバックス 1210円)