現職知事の小池百合子氏と参議院議員蓮舫氏の事実上の一騎打ちになりそうな東京都知事選の告示まで2週間足らず。週刊誌報道でも関連記事が増えているが、率直な印象としてどれもみな内容は薄い。蓮舫氏はまだ公約発表をしていないし、小池氏に至っては出馬表明さえまだの状態。薄味の記事が多いのもある意味仕方ないが、「都政そのものの政策論争をすべきだ」というアンチ蓮舫氏のパターン化した批判には、これまで政策論争を軸とした知事選が行われたためしなど果たしてあったのか、と冷めた思いが湧く。
具体的な政策よりキャッチフレーズ的なイメージ戦略で勝負する政治家だという点で、小池氏も蓮舫氏も「似たり寄ったり」だと私は思っている。当選した暁に、どちらがより都民生活にプラスになる施政を行うかは、蓋を開けてみないと皆目わからない。つまり、現時点での大半の論評は、発言者が自らの政治的ポジションを示す「好き嫌いの話」にしかなっていないと思うのだ。
その意味で私は、一都民としてのメリット・デメリットとは別次元の話として(知事としての手腕の優劣は予測できないという前提で)、かつて小池氏が民進党に手を突っ込み「希望の党」をつくった際、枝野幸男氏らリベラル勢力の排除を宣告し、皮肉にも「排除された側」がつくった立憲民主党を野党第1党に押し出すことになった経緯をどうしても思い起こす。今回の知事選でも野党右派勢力の国民や維新、あるいは自民党系の人々は、蓮舫陣営の「共産党との共闘」を集中的に非難するが、彼らがゴリゴリに固執する「反共」の物差しは、野党系全体の支持層に果たしてどれほど共有されるのだろう。素朴な印象として、そんなことを思うのだ。
今週の『週刊文春』は「蓮舫の正体」という特集と「小池百合子公約ドクターヘリで2.7億円ムダ遣い」という記事の2本立てで、双方の「アラ」を探している。『週刊新潮』は「たぬきときつねの化かし合い『小池百合子』vs.『蓮舫』都知事選“5つの争点”」という記事で、こちらもまた双方と等距離な「客観報道」に徹している。文春の蓮舫氏記事の中核は、4年前の離婚および長男との対立、そしてその長男があろうことか現役時代大規模な選挙違反などダーティーなイメージの主だった糸山栄太郎・元自民党代議士の養子になった家庭事情の暴露だが、新潮の記事はこの同じエピソードに触れたうえで、ゴタゴタは確かにあったものの、長男はその後糸山氏の籍を抜け蓮舫氏と修復、再び同居するようになったと報じている。
両誌の「中立的報道」には、なんと言ってもエジプト・カイロ大卒業を自称する小池氏の学歴偽証疑惑の存在が大きく影響しているのだろう。文春は前回都知事選の前からこの疑惑を追い続け、最近も元小池氏側近による重大証言を月刊誌のほうでスクープした。新潮は都知事選特集の1本に「『学歴詐称疑惑』と『二重国籍』脛に傷はどちらが深い」という項目を立て、政治ジャーナリスト・青山和弘氏による「すでに区切りがついている二重国籍問題に比べると、学歴詐称のほうが生々しく痛手になりやすい」という意味合いのコメントを載せているが、同時に有権者の大半はどちらの醜聞にもさほど興味はなく、選挙への影響は「お互いに“かすり傷”程度で終わりそう」とまとめている。
『サンデー毎日』では政治ジャーナリスト鈴木哲夫氏が「都知事選風雲急! 小池百合子、蓮舫が描く完全シナリオ」と題して解説記事を書いている。それによれば、東京都民には3年ごとに転勤で出入りする人々や地方出身の学生など流動人口が多く、無党派層が占める割合も全国一ということで、中長期的な地域政策への関心はあまりなく、今回の選挙でも両候補の「後出しじゃんけん競争」によるインパクト、パフォーマンス勝負になる可能性が強いという。これはこれで「何だかなあ」という気もするが、過去東京都知事選というものは、ずっと同様の人気投票に過ぎなかったという点で「そんなものだろうな」という諦観も感じている。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。