戦後、東京都知事選では現職が新顔の挑戦に敗れたことはないそうだが、そうであればこそ現職が出馬する知事選では、過去4年・8年の都政が信任に値するものだったか、その総括が最大の争点になるべきだ。「実績」は現職(か元職)のみが持ち得るセールスポイントで、相対する新顔の力量はすべて「未知数」になるわけだが、その分現職による在職中のネガティブな側面も綿密に点検されなければフェアではない。だが、今回の知事選では奇妙にも、この「最大の争点」に報道機関はほとんど関心を示さない。


 知事選の少し前から、現都政の不正疑惑(東京五輪選手村の跡地を相場の9割引きもの安値で大手不動産会社に「叩き売り」し、その相手企業・関連企業などに計47人もの都幹部が天下りしていること、都庁舎のプロジェクションマッピングが東京五輪汚職で入札停止中の電通の子会社に約48億円もの随意契約で発注され、都側はその契約内容を都議会でも明かそうとしないこと等々)がいくつも明るみに出ているが、SNSを見ない有権者には、これらの情報はほとんど知られないままに選挙は後半戦に突入した。徳洲会からの借入金が問題化した猪瀬直樹元知事や、政治資金の公私混同疑惑が発覚した舛添要一前知事が、ワイドショーなどで袋叩きになり、火だるまになって辞任したのと比べると、その違いはあまりにも極端だ(疑惑のスケールは今回のほうがはるかに大きいのに、である)。


 告示前のぶら下がり会見で、フリー記者が小池知事の学歴詐称疑惑を質そうとしたところ、都庁記者クラブの幹事社・テレ朝の記者がこれを遮って「知事の勝負服・緑色の衣服」に話題を変えて妨害した。SNSで拡散したこの場面は、都庁クラブの堕落や馴れ合い体質が如実に示すものだったが、テレビで知事選を語るコメンテーターらは、そんなドタバタ劇などなかったかのように、現都政の「それなりの実績」ばかり語っている。


 こうしたなか、今週の『週刊文春』は「都知事選バトルロイヤル 小池学歴詐称疑惑に新音声 蓮舫実兄との骨肉裁判に新事実」、『週刊新潮』は「『東京メトロ』『東京国際フォーラム』で年収1000万円台『小池知事』が側近幹部を潤わせる『東京都天下り天国』」という記事を載せた。両論併記で有力2候補を取り上げた文春記事はしかし、彼女らの人間性に迫る記事とはいえ、都政検証という視点はなく、新潮記事も都庁幹部の「優雅な再就職人生」を皮肉っているだけで、選手村跡地をめぐる不動産業界との癒着疑惑というコアな部分には言及していない。


 今週は『ニューズウィーク日本版』も、「『劇場型政治家』小池百合子の最終章が始まった」という特集を組んでいる。こちらも小池都政そのものを検証する切り口ではないが、トータル10ページにも及ぶ記事内容はなかなか興味深い。筆者のノンフィクションライター・広野真嗣氏は、小池知事の本質をトランプ前米大統領とよく似たポピュリスト政治家と位置付けるが、知事初当選翌年の「希望の党騒動」の失敗で国政への野望を砕かれると、その後は「攻めの発言」をやめ「危ない橋は渡らないという“守りの姿勢”」に徹するようになったという。


 そのうえで筆者は「『古い都議会からいじめられている』という演出から始まった小池都政は、公明党に頼り、次の自民党におもねって、ついに安定した権力を獲得したかに見える」と要約する。その間、都庁人事では「モノ申す職員」を徹底して排除、情報公開の公約はかなぐり捨て「のり弁=黒塗りだらけの公文書」の蔓延はむしろ以前より悪化させた。先の衆院東京15区補選で国政への橋頭保にするつもりだった乙武洋匡氏が大差で敗北してしまい、永田町への野望を完全に絶ち切られた小池氏は、今後は知事選で勝利してもその後の展望はもはやなく、「守りの政治の蜜の味」のなかで3期目を送ることになる、というのが筆者の見立てである。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。