医療技術がいかに進歩しようとも、どこかの時点で心身の老いは避けられない。生命保険文化センターの分析によれば、80代前半で約3割、85歳以降だと約6割が要支援または要介護認定を受けているという。


『実録ルポ 介護の裏』は、突然親の介護に直面することになった著者が、介護を巡る諸問題を追った1冊である。複雑な制度、巨額の費用、劣悪な施設・サービス、私利私欲に走る経営者、職員の待遇など、業界全般にわたるテーマを扱っている。


 著者が指摘するように、介護保険制度はわかりにくい。介護保険制度が始まって約四半世紀、制度が複雑なうえに、〈介護サービスは 介護保険で賄えるものとそうでないものが混在していて 見分けるのが非常に難しい〉。


 介護サービスが必要になったら自ら申請しなければならないが、本人や家族の大半は介護に直面してはじめて介護や制度について学び始める。結果、〈本来受けられるはずの介護サービスを受けられないという状況〉が生まれがちだ。


 申請しても実際に介護を受けられるかどうかは、申請を受けた行政の判断で決まるが、〈行政の担当者は、たまたま福祉を担当しているだけで介護の専門家が雇われているわけではない〉。


 各行政の財政状態などによって介護保険料が異なることは比較的よく知られているが、実は給付や要介護認定率でも自治体によって差がある。その要因は多岐にわたるため、行政の担当者だけの問題ではないにしても、担当者が「素人」であるために、介護サービス格差が生まれる事態は避けたいところである。


■施設は「臭い」「居室内」「食事」で評価


 事業者側の問題としては、不要なレンタル契約、限度額いっぱいまでの介護リフォーム、自社グループへの囲い込みなどが取り上げられている。介護に限らず「制度」や「給付」がからむ事業では常に同様の問題は生じがちだ。規制を強化する官庁と抜け穴を探す事業者の「いたちごっこ」である。そして細かな修正を重ねるにつれ、制度は骨抜きになったり、より複雑化したりしていく。


 高齢者施設で発生する高齢者の虐待については時折報じられているが、おそらく氷山の一角だ。〈暴力的 心理的 経済的な虐待は、証拠を見つけるのが容易ではない。証拠がなければ、虐待が表に出ることはほとんどないというのが現状だろう〉。


 防犯カメラの設置などは対策になり得るものの、会社ぐるみ、施設ぐるみで虐待を繰り返したり、劣悪なサービスを提供したりしているところでは「やぶ蛇」となりかねないだけに、導入が進まない可能性がある。


 本書は施設のチェックポイントとして、①臭い、②居室内、③食事を挙げている。数多くの老人施設を取材したが、臭いが最初に上がっている点はまったくもって同感だ。嫌な臭いを感じた施設で、まともなところはひとつもなかった。たいていは潜入ルポの頁にあるような〈利用者を一か所で集中管理する施設〉で〈みんな異様に静かで無表情だった〉。


 昨今相次いでいる社会福祉法人を巡る不正の背景として、〈設備費や建設費の一部は国や自治体から補助が出る。税制上の優遇もされていて、法人税や事業税に加えて固定資産税が非課税〉であることや、一部社福の内部留保の多さを指摘する声を紹介している。


 社福にはチェックの緩さに加えて、介護に直接タッチしない理事や公務員の天下りがいる施設も少なくない。名称から受ける公的な印象とは違って、介護とは無関係な人々の利権と化してしまっている施設もある。地域の篤志家の寄付によって設立された社福もあるが、2代目、3代目の理事ともなれば、設立の精神は薄まっているのだろう(一般の会社と同じだ)。


 以前より待遇がマシになったとはいえ、いまだ介護の現場はブラック。〈“正解”が分からない〉という仕事の難しさにもかかわらず、入社して数年の社員が「施設長」になっているといった類の話は、昔からある。現在のように、あらゆる産業で人手不足が続くときには、働き手が他の業界に逃げていく。


 外国人労働者に門戸を広げざるを得ない状況である。本書に登場するフィリピン人介護士のようにコミュニケーションに長けた外国人は、杓子定規な日本人より評判がいいという話も聞くが、日本人より待遇が悪いうえに、昨今の円安が続けば、あえて日本で働く理由がなくなるだろう。


 人数が多い団塊世代がまもなく80代、要介護者の急増する年代に入った。現状の課題を抱えたまま大きな需要の山を迎える介護の世界はどうなっていくのか? 子世代にとっても無関係ではいられない社会課題である。(鎌)


<書籍データ>

実録ルポ 介護の裏

甚野博則著(文春新書1045円)