7月3日、新紙幣に切り替わった。新1万円札は渋沢栄一、新5000円札は津田梅子、新1000円札は北里柴三郎の肖像だ。この日は「大安」なのかな、と思ってカレンダーをみた。まぁ、官庁も民間企業も最先端の技術を扱うにもかかわらず、頭の中は古臭く、縁起をかついで記念の日は大概、大安の日を選ぶからだ。だが、7月3日は大安ではなく、「友引」だった。「仏滅」の翌日は「大安」になり、その次の日は「赤口」になるが、この週は大安がなく、仏滅の次には赤口になってしまう。大安がないなら友引がいいだろう、広く国民の間に新紙幣が行き渡るためにも友引が格好の日だ、ということなのだろう。


 それはともかく、20年ぶりの新紙幣発行に小躍りしたのがテレビだ。発行前には「キャッシュレスの時代なのに」と批判するような口ぶりだった。だが、発行前日からは新紙幣の技術を持ち上げたりしていた。NHKに至ってはBS放送で1時間番組を2回に亘って渋沢栄一とはどんな人物だったかを放映していた。渋沢栄一も津田梅子も北里柴三郎も中学校あたりで教えているはずではなかろうか。まぁ、NHKは公共放送だからなぁ。同じ公共放送でも平気で政府を批判したりする英BBCとは大違いだから、と納得している。


 新聞もテレビでも言っている通り、20年ごとの新紙幣登場は印刷技術の継承だ。伊勢神宮や出雲大社に似ている。ただ、テレビに登場していたエコノミストによると、すでに日本でもキャッシュレスが40%近くに達しているそうで、今回が最後の新紙幣発行になるだろう、と言っていた。そうなのかなぁ、と思うと淋しくなる。


 確かに、昨今はスーパーでもキャッシュレスが盛んだ。自宅近くのスーパーでも一番端のレジはタバコも扱い、レジ係がキャッシュレスも扱うが、今まで通りの現金扱いもしている。その隣のレジ2台はレジ係が商品の値段を機械で読み取り、支払いは自動支払機で客自身が払う。さらにその隣に並ぶレジは客が商品を機会に読み取らせてキャッシュレスでの支払いである。これは面積を取らないようで読み取り機が幾つも並ぶ。どのレジが一番早いのだろうか。


 ある流通のコンサルタント氏によれば、タバコを扱うレジにはベテランを配置するそうで、商品の値段を読み取らせるのも釣銭を出す動作も早いのだという。確かにそうだ。だが、最近はかなり違っている。レジ係は確かにベテランだが、キャッシュレスの老人客が交じっているのだ。すると、キャッシュレスに不慣れなのか、いちいちレジ係に扱い方を尋ねるので時間がかかる。おかげで現金客は行列に並ばねばならない。キャッシュレスになると実に時間がかかるのだ。病院やクリニックで保険証の提示よりも、マイナカードを読み取るほうが時間がかかるのと同じだ。人々は便利なものほど時間がかかる、ということを知らねばならない。


 しかし、キャッシュレス時代になっても、新紙幣は20年ごとに発行されるのではなかろうか。なんと言っても、紙幣は通貨の基本だ。実は、発展途上国や犯罪の多い国ほど、カードやスマホによるキャッシュレス化が進む。現金を持っていてはいつ強盗に襲われるかわからないし、偽札を掴まされるかわからないからだ。中国のような独裁国家でも偽札が横行している。結果、日本やアメリカ、ヨーロッパ諸国は現金が主流だった。それは中央銀行に対する信用度なのだというのである。


 もっとも、エコノミストの中にはアメリカはカード社会という人が多いが、ある兜町の証券マンによれば、アメリカでは金持ちは小切手で支払う。カード払いは外国に行ったときくらいだから現金主義で、日常、カードを使うのは貧乏人だ、なんて言っていた。しかし、本当はキャッシュレスの人はお金持なのではなかろうか。現金主義の人は財布の中身を見て、使い過ぎた、とセーブする。だが、キャッシュレスだとその心配がない。つい余分なことにお金を使ってしまう。景気対策には役立つが、個人は後で借金に追い回されないか心配になる。


 話は少々ずれる。小渕内閣時代だったと思うが、沖縄復帰を記念して、2000円札が発行された。多くの人が「2000円札なんて使いにくい」と反対の声が上がったが、政府は強行した。このときに「アメリカには2ドル札がある」と、政府を擁護する声があった。2ドル札なんて見たこともないし、聞いたこともなかったので、当時、親しくしていたある大手銀行に聞いてみた。アメリカなら偶数の2より、クォーター制のほうが多いのではないか、と思ったのだ。


 バスケットでもクォーター、ハーフ、スリー・クォーターなんて呼ぶ。ところが、アメリカに駐在したことも銀行員は「いや、アメリカには2ドル札がありますよ。ただ、一般には使いません。主に銀行ではカウンターの下に2ドル札の束が置いてあるんです。つまり、銀行強盗にピストルを突き付けられ、カネを出せ、と言われたとき、咄嗟にカウンター下の2ドル札の束を渡して逃げるんです」と使い方を教えてくれた。


 今回、新札の発表では、新2000円札の話は出なかった。記者も質問していないのは、2000円札を知らない世代の記者ばかりだったのだろうか。あのときの2000円札はどうなっているのだろう。2000円札が新札に切り替わるということがなかったのは、政府も日銀ももうあんな2000円札は不要な存在、ということなのだろうか。しかし、今でも使えるはずだ。人々が使うのを望まない2000円札は処分するわけにもいかず、銀行の金庫に眠っているそうだ。


 ともかく、治安が悪い国、中央銀行に信用がない国、印刷技術やホンモノと贋物を判別する装置、技術がない国は、お札よりキャッシュレスが発展するのである。国内に電線や電話線が張り巡らされていないアフリカ諸国ではテレビや洗濯機、固定電話機が売れず、スマホが持て囃されたのと同じだ。しかし、日本は中央銀行に信用があり、治安もよく、偽札がつくりにくいお札が通用している国だから、キャッシュレスは発展しにくい国のはずだった。


 なのに、その日本でキャッシュレスが40%を占める勢いで、20年後にはすべてがキャッシュレスになるだろうというのだから驚く。確かに安倍内閣が発足してから、景気対策に低金利を続けてきた。黒田東彦日銀総裁はバズーカ砲だの異次元だのと言ってゼロ金利を無理矢理行なってきた。それから12年。マスコミが「学者出身だ」と言って囃した現日銀総裁は金利目標を定めない、と言った。当然、円高に進むと思っていたら、現実は逆に円安に進んでいる。


 実は、金融通の間では「日銀総裁はマスコミが言う通り学者出身だが、前々からリフレ派で、低金利を主張してきた人です。黒田総裁と同じような思想です」と解説してくれた。だから、円安が続くのも当然だろうというのだ。


 今も円安が続く。物価は値上がりが続き、金利は徐々に上がりだしている。これは不況下のインフレであるスタグフレーションなのだそうだ。世界から見たら日本経済の実力は1ドル=160円程度だということなのか。円安を続けた結果、日本経済は発展途上国並みに低下したということらしい。いや、むしろ、異次元の低金利を続けた結果、皮肉にも日銀への信用度が低下し、キャッシュレスが進んだということなのだろうか――。(常)