タレント・松本人志氏が『週刊文春』の性加害疑惑報道で名誉を棄損されたと訴えている裁判で、今週、久しぶりに文春が掲載した続報が凄まじい。タイトルは「松本人志5.5億円裁判 A子さん出廷妨害工作を告発する!」。問題の記事で被害者とされているA子さんの身の回りに2月以来、尾行や盗撮などストーカーめいた行動をとる男たちが出没し、文春の記者たちが約4ヵ月「逆張り込み」をした結果、男たちは2つの興信所に所属する調査員と判明、少なくともその一方は松本氏の弁護士の依頼で動いていたことをほぼ認めた。また、A子さんの相談に乗っている弁護士Ⅹ氏のもとには、2つのルートから彼女に法廷に立たないよう働きかけがあったとも書かれている。


 まるでリーガル・サスペンスのドラマのような展開だが、これほどの「地を這う取材」を実行できる週刊誌はもはや文春以外にない。これに対し、松本氏の弁護を担当する田代政弘弁護士は電子版記事が配信された10日(水)、即座に記事に抗議する声明文を発表し、記事の中で田代弁護士がⅩ氏にとったとされる言動(①A子さんに対する出廷取りやめの説得依頼、②「Ⅹ氏とA子さんの不倫が雑誌記事になるが、自分は記事を止められる、どうしましょうか」という“脅迫まがい”の行動)は一切なく、文春の記述は「全く事実に反する」などと主張した。


 とは言っても、田代氏は6月中に2回、興信所にA子さんの調査依頼をしたことは認めている。この調査は「匿名の投書」によりA子さんとⅩ氏の密会の情報提供があったため、その確認のためのものだったという。そして、この2回とも現場には「なぜか」文春記者がいて、田代弁護士はそもそも情報提供の投書そのものが「文春による罠」だったのではないか、とほのめかす「疑念」を示している。


 Ⅹ氏の話に関しても、氏との接触そのものは否定していない。違うのは、その際のやり取りの内容で、田代弁護士は①A子さんに事実確認をしたいので連絡を取ってほしいと打診した、②不倫記事が出る動きに関しては、「大丈夫ですか」とⅩ氏の立場を慮って情報提供をしただけだ――と主張するのだが、興信所の件も含め、こうした言い分には「全く事実に反する」と断言するほどの歯切れの良さはない。


 ネットの書き込みには、松本ファンを中心に文春記事を捏造視するものも数多く見られるが、新聞社や雑誌の仕事に長年関わった経験から言えば、文春レベルの媒体で無から有を創り出すような「記事の捏造」は、ほとんど考えにくい。一般論として、不正確な証言を信じたり、事実確認でミスを犯したりする誤報は一定の割合で発生するものだが、「記事全体のでっちあげ」となると、これはもう、社長の退陣や雑誌の廃刊にもつながる不祥事だ。そうそう起こるものではない。今回のⅩ氏にまつわるデータはほぼⅩ氏本人の証言で書かれていて、法曹界の人物であるⅩ氏の証言をもし捻じ曲げたりすれば、それはそれで大騒ぎになることは自明であり、その表現には細心の注意を払っているはずだ。


 もちろん、文春の記者にもさまざまな人がいるだろうし、「とんでもない不届き者」が紛れ込んでいる可能性もゼロではない。ただそれでも「疑わしさ」という点で私個人の印象を言うならば、田代弁護士のほうにむしろ疑念が湧く。何しろ氏は東京地検特捜部の検事時代、小沢一郎代議士のいわゆる「陸山会事件」の捜査の際、容疑者の捜査報告書に当人が話してもいない言葉をでっちあげたことが発覚し、懲戒処分を受けた過去がある。ちなみにⅩ氏は、田代氏の検察庁時代の先輩にあたるという。


 今回の文春記事には、「元女性誌編集長」なる人物も登場し、Ⅹ氏に不倫記事のコピーをちらつかせて、A子さんが出廷せず文春との和解が成立すれば、A子さんには「5千万でも1億でも渡せる」と持ちかけたと書かれている。「性交渉における合意の有無」という水掛け論に終わると思われた今回の裁判だが、もっとどす黒い「闇」が見えてくる展開もありそうに思えてきた。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。