警察の不祥事を追及するメディアを「ガサ入れ」し、内部告発者の逮捕にまで踏み切った鹿児島県警の腐敗ぶりには驚愕させられたが、今度は兵庫県庁でパワハラ知事の悪行を公益通報した県幹部が自殺に追い込まれた。森友問題で公文書改竄を命じられ、その苦悩から死に至った近畿財務局職員・赤木俊夫さんの悲劇を思い起こさせる「組織の根腐れ」が、あちこちで起こっている。私自身は30代で脱サラして自由の身になったが、もしあのまま「組織人」であり続けたら、果たして令和の定年までメンタルを保てたか、そんな不安に陥るほど、日本の各組織は腐敗が進んでいる。


 今週の『週刊文春』は「兵庫県知事パワハラ告発 局長を自死に追い込んだ『7人の脅迫者』」という記事で、事件を詳しく報じている。それによれば、兵庫県職員で西播磨県民局長を務めていたⅩ氏は3月、斎藤元彦知事のパワハラや業者への「贈答品おねだり」の実態を告発した文書を作成し、県の関係者や報道機関に送付した。しかし、文書作成者がⅩ氏であることはわずか2週間で県側に突き止められ、以来氏は知事周辺の人々から苛烈な「脅迫」を受け、7月7日夜、とうとう死に追い込まれた。


 Ⅹ氏を苦しめたのは、県サイドが押収したⅩ氏のパソコンに、告発とは無関係のプライベートな文書があり、これを片山安孝副知事ら「四人組」と呼ばれる知事側近の県幹部や県政与党・維新の会の県議2人が暴露するという脅しをちらつかせたことだという。知事以下の「7人の脅迫者」は、県議会百条委で告発が検証されることを恐れていた。文春の調べでは、Ⅹ氏の告発内容には、昨秋行われた「阪神・オリックス優勝パレード」の経費を補うため、地元信金への県補助金を1億円から4億円に増額し、キックバックを還流させるからくりがあったことや、このパレードを担当した県課長が精神を病み、自殺に追い込まれたという重大な疑惑も含まれているらしい。


 片山氏はその後副知事職を辞任、斎藤知事にも辞職を求めたと明かしたが、記者会見で「悔しい」と涙を見せたのは、Ⅹ氏を死に追いやった後悔からではなく、「知事を支えきれなかった」ことについてだった。文春記者の直撃を受けた県幹部「四人組」のひとりは「(Ⅹ氏が)命を絶ってまで守りたいプライバシーって何なんでしょうね」と「口角を上げて」(つまりニヤついて)話していたという。人ひとり(パレード担当の課長も含めれば計2人)を死に追いやった当事者グループの一員でありながら、この態度である。一方のⅩ氏は死の間際、家族に宛てたスマホのメッセージに「死をもって抗議する」「百条委を最後までやり通して」などと綴っていたという。


 鹿児島県警の不祥事隠蔽でも、森友問題での財務省の公文書改竄でも、おそらく似たような構図があったのだろう。問題の発端はひと握りの組織上層部の強引さだったかもしれないが、その不祥事をもみ消したり隠蔽したりするプロセスで、その周囲にいる多くの幹部職員が自らの「保身」のためこれに加担した。警察官や国・地方の公務員という高いモラルを求められる立場でも、正論を吐き抵抗できる人はごくわずか。たとえ、その少数派に自殺者が現れても、大半の人はそこから目を背ける。これはたぶん公務員だけのことではない。過去10年、主要メディアが対権力の報道で軒並み「骨抜き」になってしまった背景にも、各職場に似たような環境があるものと私は推察する。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。