合成洗剤や柔軟剤、化粧品などに含まれる化学物質でつくられた香料によって、頭痛や吐き気といった健康被害が生じる「香害」が話題になって久しい。もっとも、20~30年前より香水や化粧の臭いがきつい人も減ったし、あからさまに化学物質感のあるトイレや自動車の芳香剤も減った印象だ。


 正直なところ、「少々神経質なのでは……」と思っていたのだが、香害と関係が深いとされる「化学物質過敏症」について調べると、単なる気の持ちようではないことがわかる。


『化学物質過敏症とは何か』は、臨床や研究に携わる医師が、症状や治療法について解説した1冊である。


 化学物質過敏症とは〈一般的なアレルギー反応とは異なるメカニズムで、多種多様な化学物質や環境条件、日用品や薬剤、食物からの微量な刺激にも敏感に反応して、蕁麻疹(じんましん)・鼻汁・咳・腹痛・下痢・めまい・流涙・吐き気・呼吸困難・聴覚過敏・視覚過敏といった症状を示す疾患です。その7割程度の患者さんに嗅覚過敏が認められる〉と定義される。


 ただ、どの診療科へ行けばいいのかがわかりにくい。〈複数の臓器の症状を訴えると、「それはうちの専門ではないので」と診療科をたらい回しにされること〉もあるという。アレルギー科の医師にかかるケースは多いが、アレルギー反応とは異なるメカニズムにもかかわらず、アレルギー疾患と誤診されることもある。


 アレルギー疾患には診断のもと、適切・適量のステロイド薬を使用するが、誤診によって化学物質過敏症にステロイド薬を長期にわたって投与されると、効果がないうえに肥満、骨粗鬆症、糖尿病といった別の健康被害が生じるリスクも生じるという。


 もっとも、〈化学物質過敏症の客観的診断基準と科学的根拠に基づいた治療法が確立されていない〉。根本的な原因なナゾなのだ。


 著者は〈「あれもダメ、これもダメ、医者もお手上げ」の薬剤過敏の患者さんは、化学物質過敏症の可能性を疑うべき〉という。ただ、まったく指針がないわけではない。本書に掲載されているQEESI(クイージ)と呼ばれる質問票は40ヵ国で診断基準として用いられている。化学物質過敏症が疑われるなら、自身で試してみるといいだろう。


 なお、医療機関にかかっておきたいという人には、本書の第5章に受診の際の注意点をまとめてあるので参考になる(それでも適切な診療科を受診し、きちんと診断してもらい、適切な治療を受けるのは、やや難易度が高そうな印象を持った)。


■化学物質過敏症になりやすい職種とは?


 ちなみに、化学物質過敏症は、性別では男性より女性に多い。報告によりバラツキがあるものの、概ね男性3:女性7程度とみられている。


 職業別では、〈農業従事者、化粧品販売者、ドラッグストアの店員、靴の販売者などに比較的多く発症している〉という。いかにも化学物質に曝露し続けそうな職種だ。また、著者らの研究によって化学物質過敏症の患者はアルコール分解酵素が弱いことが判明している。「酒に弱い」という人は多少なりとも警戒感を持っておいたほうがいいのかもしれない。

 

 化学物質過敏症になってしまったら、どんな対処法があるのだろうか? 著者らが臨床で行っている対策が紹介されている。敏感な化学物質を避けたり、腸内環境の改善、運動、睡眠といった一般的な健康法は当然としても、意外感があったのが、〈大丈夫な香料でも使用を控える〉だ。現時点では問題がなくても、曝露を続けていると過敏になることがあるという。


 また、浴室の塩素や市販薬、歯の金属などが原因となっているケースもある。これらが疑われる場合は除去したり、代替品に変える必要がある。


 多くが死に直結しないせいだろうか、さまざまなQOL上の問題があるにもかかわらず、〈先進国で、化学物質過敏症が「顧みられない病気 (neglected disease)」とされている〉という。日本での患者数が120万人、潜在患者数が1000万人といえば、メジャーな病気に匹敵する数だ。放置してよい病気ではない。病気のメカニズムの解明と、診断法、治療法の確立が待たれる。


 余談ながら、本書の著者は徳洲会湘南鎌倉総合病院の所属だ。先般亡くなった徳洲会創業者の故・徳田虎雄氏はここで長らく闘病していた。「毀誉褒貶」で語られることが多い人物だったが、徳洲会で働く職員はとにかくスピーディーに動く、システムは合理的、救急は年中無休の24時間営業、しかも本書の著者のように研究する医師もいる。


 医療界への貢献という意味では、プラスの側面が大きかったのではないか?と改めて思い返した次第。(鎌)


<書籍データ>

化学物質過敏症とは何か

渡井健太郎著(集英社新書990円)