がんと診断されたら「標準治療」を選択するのは基本中の基本だろう。一方で、標準治療を受けずに民間医療を選択して高額な医療費がかかるだけでなく、効果がなく標準治療を受けていたより早く亡くなったと見られる著名人もいる。
しかし、主治医に「もう、治らない」と言われたら……。
『「治らない」と言われても あきらめないがん治療』は、こうした人々に向けて書かれた1冊だ。といっても、怪しげな医療を進める本ではない。著者は「セカンドオピニオン」を専門としたクリニックで院長をつとめており、数々の患者に〈治るチャンス〉を提供してきた。
セカンドオピニオンと言えば、〈主治医以外の医師に、意見を求める〉と考えるのが一般的だろう。しかし、著者が行うのは〈根治にこだわるセカンドオピニオン〉だという。
どういうことか? 患者の心が動き、医師が納得できるよう、主観的な意見を伝えるのではなく〈ロジック(理論)とエビデンス(証拠)に基づく客観的な情報を提示して主治医に信用していただく〉のだ。
具体的には〈「標準治療」をはじめ保険診療のみを用いることを基本〉に、〈高度医療を実施している信頼度の高い医療機関の先生にお願いをして治療していただ〉く。そして、〈自費診療との混合診療が認められている「先進医療」(厚生労働省が定める「高度な医療技術」)も、根治確率が高いと判断した場合には選択肢に〉というアプローチである。〈効果の見込める全身療法がどうしてもない場合は治験に頼ることも〉あるという。
さまざまな治療法には得意分野と苦手な分野があるが、患者の全体像を捉えたうえで、複数の治療を組み合わせて、最適な治療を順番に実施して治していく「集学的治療」の手法を用いる。
■主治医によって変わる標準治療
著者は標準治療を尊重しつつも、標準治療に内在する課題も指摘している。
実は、標準治療においても、治療法の答えは1つだけとは限らない。つまり、主治医による治療法の選択によって結果に差が出てしまうのだ。主治医の専門によって選ぶ標準治療が変わることもあるという。
また、〈主治医がガイドラインを把握しきれず、真の意味で最適治療にたどり着けない〉といった事態も起こり得る。そして、日々進化しているがん治療にあって、有望な治療法であっても〈保険診療や標準治療としての「安全性と効果の確保」のために必要なエビデンスを得るためのタイムラグ(時間的な遅れ〉が生じていることもある。
だからこそ、集学的治療が必要になるのだ。
本書には、著者のセカンドオピニオンで、「治らない」とみられたがんを克服した事例、近年実用化されたさまざまながんの治療法、これから有望とみられている治療法などが紹介されていて、医師に「治らない」と言われたがん患者や家族にとって改めて治療を考える際の参考になる(できれば、治験にうまくアクセスする方法がもう少し読みたかった)。
ただ、読んでいていくつか気になった点があった。ひとつは、これだけさまざまな分野に精通し、最新情報をフォローしたうえで、情報主治医に向けて適切なセカンドオピニオンを出せる医師がどれだけいるのだろうか?という点。
もうひとつは、著者と同様に、各分野で名医と言われるような医師とのネットワークを築けているセカンドオピニオン医がどれだけいるだろうか?という点。「○○先生の技術でないと治療できない」治療法を熟知し、治療してもらうのは容易ではない。
さらに、いったん「治らない」と判断した主治医が、セカンドオピニオンをどう受け入れているのか?という点。客観的な情報とはいえ、医師にはプライドの高い人、一筋縄ではいかない「個性の強い面々」も少なからずいる。本書にはさまざまなエキスパート医師との連携でうまくいった成功例が紹介されているが、難航した症例もあったのではないか?と想像を巡らせてしまった。
これらの課題の解決につながるかもしれないのが、著者が設立したスタートアップ。著者が培った集学的治療のノウハウを体系化してソフトウェアを開発、ソフトウェアを使ったセカンドオピニオンを普及させていくという。著者のソフトスキルに依存する部分や関係するファクターが多く、難易度は非常に高そうだが、実現すれば、治らないと言われた患者にとっても、治したい医師にとっても、有用なツールとなりそうである。(鎌)
<書籍データ>
岡田直美著(東京新聞1650円)